第百六十四話 希代の薬売り(二)
龍神村の長には三人の息子と一人の娘がいた。
高香が呼ばれたのは、その三男坊が高い熱を出して苦しんでいるからであった。
高香は家人から詳しく事情を聞き、病人をじっくり観察すると、手早く薬草を煎じ、病人の熱で真っ赤な顔をささえながら煎じ薬を飲ませた。
「これで夜までに熱は下がるはずです。しばらく様子を見ましょう」
かくして高香が言ったとおり、三男坊の熱は夕刻には下がり始め、二人はその夜、長の家で一泊することになった。
「失礼します」
夕餉の後、十六歳になるという一人娘のお小夜が湯を持ってきた。
やはり高香を見て頬を染めている。
最近の紫野には、女が男を見て赤くなったり、特別な笑顔を浮かべたりするのが興味深かった。
そしてもぞもぞと膝を揺すったり、髪をなおしたりするしぐさを決して見逃すまいとした。
(やっぱりこの女も――)
今またお小夜も、湯を置いた後、襟元に手をやってそれから額にかかる髪を両手でなおした。
その後もいつまでも部屋から去ろうとせず、もじもじしている。
ついに思い切ったように言った。
「あの、あの――あたし。高香様のお手をお拭きします」
思わず紫野は吹き出しそうになった。
(高香様だって――?!)
高香を見ると、彼も戸惑った顔をしている――もちろんそれは、娘が「お手をお拭きします」と言ったことに対してだったが。
「いえ、自分でやりますから。ありがとう」
すると、お小夜は可哀想なくらい萎縮してしまい、がばりと一礼すると逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「みんな高香を見ると赤くなるんだな」
くっくっと笑いながら、紫野は布団に転がった。そしていたずらっぽい目で高香を見上げ、
「きっとあの娘も高香の隣りで寝たいんだ」
と言い、またくぐもった笑い声を立てた。
「おや。今朝、私と一緒に行くと言って顔を赤くしていたのは誰だったかな? たいていいつも、私の隣りで誰よりも寝たがるのは?」
――とは、高香は言わなかった。言わなかったが心の中でそう思い、くすりと笑った。
まっすぐな紫野。
だがまっすぐゆえに屈折しなければならず、つまるところ柔軟でない。
時々、折れ曲がった先がどこに向いていくのか心配に思うこともある。(多分、疾風もそれを感じているはずだ)
「紫野……」
傍らで、静かな寝息を立て始めた紫野の髪をそっと撫でながら、高香は無性に紫野が愛しかった。
そして今、生まれて初めて「熱い」とも感じるほどの思いを抱くおのれに気づき、流れる白い髪一本一本に生命の息吹が行き渡る甘やかな感覚に身を震わせた。