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第百六十三話 希代の薬売り(一)

 その年は皆、高香の来訪を心から待ちわびていたようであった。

 草路村についた翌日から高香はひっぱりだことなり、毎日違う家に招かれた。

 例の流行り病の影響である。

 運よく病にかからなかった者も、奇跡的に一命をとりとめた者も、皆疲労していたのだ。

 高香はいったん蒸して乾燥させたジオウの根をすりつぶし、強壮薬として村人たちに飲ませた。

 もちろん、人によって量を加減し、あるいは他の薬草を加えることもする。

 村人たちは大変喜び、この神秘的な男を出来る限りもてなそうとし、また近くに置いておきたいと願った。

「もうすっかり日も落ちてしまいました。どうぞ今夜はここに泊まってくだせぇ」

 狭い家に粗末な夜具を広げると、人々は高香を真中にひしめき合うように寝転がった。

 たいていは子供たちが高香の両脇を占領するが、いつもの母親とは違うやさしい草の香りに、ふふふと笑ったり、恥ずかしそうに体をよせたりして眠るのである。

 もちろん、女が頬を染めて隣りに寝ることも――だが不思議なことに、同居の男連中も(父親であったり亭主であったりするが)高香には悋気(りんき)がおきないのであった。


 ある時高香は、龍神村の長に呼ばれた。

「ご苦労じゃのう」

 早朝、妙心和尚は、上がり口でわらじを結ぶ高香に向かって多少気の毒そうに声を掛ける。

 だが高香はにっこり笑うと薬箱を背負い、

「いえ。必要としてくれる人がいるのはありがたいことです」

 奥から紫野が走ってきた。

「高香、俺も一緒に行く」

 すると和尚はあきれたような目をし、

「今日は寺の境内を作造と掃除するんじゃろう……」

 しかし紫野はぴょんと飛び降りると、「今度にする」、そして顔を赤く染めた。

「だって、龍神村にはいじめっ子がいるんだ。虎太郎っていうんだ。前にあの村を通った旅人が、虎太郎とその仲間に殴られて着物を盗られたって。だから俺が一緒に行く」


「私は大丈夫だ、紫野」

 紫野の心を嬉しく思いながら、高香がやさしく言った。

 だが紫野の頑固さを知っている和尚はあきらめている。

 それに虎太郎のくだんの噂は和尚も耳にしていた。龍神村の村人たちでさえ彼には手を焼いているということも、今思い出した。

「いやいや、高香殿。あるいは紫野の言うとおりかも知れませんぞ。万一そなたに危険があってはわしが村人から恨まれる。紫野はこれでも草路村の警固衆ですからの。お連れくだされ」

 紫野が小躍りしたのは言うまでもない。

 やがて二人は、薬箱を括り付けたハナカゲの背に仲良くまたがって寺の山道を下っていった。

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