第百六十話 少女たち(一)
春の日、三人は、雪、珠手と一緒に菜の花を摘んでいた。
良平を失って以来、伏せっているまつに、雪は菜の花をおひたしにして食べさせるつもりであった。
「もうすぐ高香が来たら、いい薬草を見つけてくれる。すぐに元気になるさ」
紫野の言葉に雪は明るく、うん、と頷くと、花が開くような笑顔を見せた。
「雪は強いな」
二人の様子を見ながら、疾風が聖羅につぶやく。
「ああ。それに、紫野のことが好きみたいだ」
聖羅が少し不服そうに言うのを、疾風は笑いながら、背中をポンと叩いた。
「まだまだ。あきらめるなって」
遠くでやはり菜の花を摘んでいた少女たちが、しきりとこちらを見てはひそひそと話している。
聖羅はそれが気になり、疾風はどうだろうかと見上げたが、お構いなしのようだ。
摘み取った菜の花を口にくわえ、土手に上がってごろりと仰向けになった。
聡明そうな広い額、きりりとした鼻筋、しっかりとした顎。そして、頬の下線で揺れる長髪。
病から生還した疾風が、一段と大人になったように聖羅の目には映る。
二つしか変わらないのに自分がずっと子供に思え、つい甘えてしまいそうになるのだ。
聖羅はちらりと少女たちの方を見ると、土手を駆け上がって疾風の横に腰を下ろした。
少女たちの歓声が上がる。
「お、おい。疾風。なんか俺たち、見られてるぞ」
「うん?」
疾風が身を起こし肩肘をつくと、また少女たちが色めいた。
「ふぅん、見たことはあるな。……ああ、たしか、五平さんの娘だ。あっちは鍋親父の……」
鍋親父というのは、侍にあこがれ、いつも兜代わりに鍋を冠っている男だ。
「おーい、来いよ!」
疾風は少女たちに向かって、いきなり手招きをした。
「ちょ、ちょっ! ――疾風っ」
疾風はあはは、と笑い起き上がると、
「気になるんだろう、聖羅? 呼んでやったぞ。それ」
疾風が指差す方を見ると、菜の花畑の中、少女たちがさざめきあいながらまっすぐこっちへ向かってくるのが見えた。
聖羅はすっかり硬直した。
「あの鍋親父の娘な、以前おまえのことを話してるのを聞いた。おまえが綺麗であこがれるんだってさ」
「?! 綺麗? 俺がっ?」
「ああ。綺麗だぜ。とくにその目がいい。それにその髪も」
そう言って、疾風はぷっと吹き出した。
「おまえが女だったら、間違いなく俺の女にしてる」
「ばっ……馬鹿なこと、言うな! 俺が女だと? そ、そんなこと、紫野に言えっ!」
ついに腹を抱えて笑い出した疾風を、聖羅は突き倒し立ち上がった。
が、すぐ側でした少女たちの甲高い声に、とたんに聖羅の戦意は消失した。