第十六話 浮動の闇(二)
蝋燭の炎がゆらりと揺れ、千代之介ははっと顔を上げた。
法衣を脱ぎ白い着物だけになった相手が、夜具の上にあぐらをかいて自分のしぐさを見つめている。
千代之介の動きは止まった。
目の前の男はかつて見たどの人間よりも大きく、まるで熊のように感じられた。恐ろしさに身が縮み、父の願いも忘れ逃げ出そうという考えが頭をよぎる。
「どうした? 手伝ってやろうか?」
そう言うと男は立ち上がり、千代之介をひょいと抱き上げるとそのまま横たえた。
男の強い力が、引き剥がすように装束を脱がせていく。
千代之介はもう何も考えまいと固く目を閉じた。
翌朝、蓑介一家は、離れから聞こえてくる悲壮な叫び声で目を覚ました。
田吉が「何事?!」と駆けつけてみれば、そこでは千代之介をかき抱き、月之進が半狂乱になって天を仰ぎながら大声で呪っているではないか。
隣では女二人が激しく泣き崩れ身をよじっていた。
「ど、どうされた?! 何があったんじゃ?!」
すると月之進の妻が面を上げ、血走った眼できっと田吉を睨み、
「あのお坊様じゃ! あのお坊様が千代を殺しおったのじゃ、ああ、わしらの千代を……」
そうしてまた悲鳴に近い声を喉から絞り出した。
それを聞いて田吉はまた唖然とし、子供を見た。
たしかに子供の顔にはもう生気がなく、ぐったりとしている。
昨日のお坊様が? しかし、お坊様がなぜ子供を殺したんじゃ?
田吉の頭は混乱したが、とりあえず蓑介に報告に行かねば、と考えた。
しばらくして、問題の僧を追って行っていた一座の二人の男が帰ってきて、僧を見付けることはできなかったと報告した。
「わしが……わしがいけなかったのじゃ。あんな怪しげなやつに千代を……。許してくれ、千代。怖かったろう、苦しかったろう。千代や、すまぬ」
月之進は少し落ち着いたものの、まだずっと自分を責め続けていた。すぐ側でそれを母親がうなだれて聞いている。
もうひとりの女は、千代之介の姉であろう、「千代や」とつぶやきながら、亡くなった千代之介の頬を優しく撫でていた。
蓑介は腕組みし「ふーむ」と唸った。
「あの男、本物のお坊様じゃなかったのかも知れんのう。そういえば、ずいぶんと恐ろしげな様子をしとった……。田吉、お前井蔵に知らせてこい。村の警固衆に見回りをしてもらわねばなるめぇ」
「そうだな。おい、たつ、子供らを家の外に出すんじゃないぞ。お珠が出んよう、しっかり見とれ」
あいあんた、と答え、たつは奥へと引っ込んだ。