第百五十六話 冬の星(一)
またひとつ、年が明けた。
しかしこの年は、草路村にとって最悪の幕開けとなっていた。
恐ろしい流行り病が村を襲ったのである。
ばたばたと村人たちは病魔に倒れていった。
老いも若きも関係ない。
このあたりには医者もなく、皆なす術がなかった。
ひたすら家にこもり、脅威が過ぎ去るのを待つのみであった。
そんな中、雪の父が死んだ。
綾ねが生まれたばかりだというのに。
評判のおしどり夫婦だった良平とまつ――二人が別々にいる時はないとさえ言われていた。
子供たちに移ってはいけないからと、村の男たちが良平の亡骸をただちに家の外に出そうとしたが、まつは泣き叫んで抵抗した。
「見ちゃいられねぇ」
手伝った井蔵も家に帰るなりそう吐き捨てるように言うと、宙を睨んだまま、疾風の用意した夕餉に箸をつけた。
「雪たちは大丈夫なのか?」
ぼうっとしたような疾風の声がうつろに響く。
「ああ。隣のおさとが預かっている。……しかし、なんてこった」
しばらく黙々と食べていたが、ふと目を上げ疾風の顔を見た時、井蔵は、(おや)と思った。
「どうした、顔が赤いじゃねぇか。熱でもあるのか」
疾風の箸が止まった。見上げた瞳がうるんでいる。
「……親父、俺、移っちまったかな?」
その夜から、疾風は高熱を出し、ひどい下痢と嘔吐を繰り返した。
薬草を煎じて飲ませてもすぐに吐いてしまう。
井蔵はつきっきりで看病に当たったが、ついにはもう起き上がることも出来なくなって、疾風はぐったりと横たわるのみであった。
真冬というのに体は汗で濡れ、井蔵はまめにそれを拭いてやりながら声を掛ける。
「疾風、おい、疾風。聞こえるか」
だがだんだんと反応は弱くなり、(もしや――)と思う井蔵の背筋には冷たいものが流れた。
疾風が流行り病に冒されたという噂はすぐに広まり、紫野も作造に付き添われ飛んできた。
「移るかもしれねぇから来ちゃいけねぇ。帰ってろ」
井蔵はそう言ったが、紫野はわらじを脱ぎ、作造の制止を振り切って疾風の側へ走り寄ると、のぞき込んで疾風の名を呼んだ。
「疾風、疾風、疾風! 俺だ、紫野だ……疾風っ」
作造は声を落とすと、井蔵に、「で、どうなんだね、具合は」と聞く。
井蔵は苦渋に満ちた様子で首を横に振った。
「わからねぇ。もう……だめかもしれねぇ」