第百五十五話 夢の少女
秋が来て高香がまた旅立っていった頃、疾風の声が急に低くなり、聖羅と紫野はちょっとした違和感を覚えていた。
疾風本人は、「大人になったしるしだ」と別段気にしている風ではなかったが、疾風の声を聞くたびに、聖羅は、
「変だ」
と眉を寄せる。
「紫野、おまえはどう思う?」
疾風が聞くと、紫野は、
「疾風じゃないみたい――まるで、親父さんの声みたいだ」
と言った。
すると疾風は、
「いずれおまえたちも、なる」
余裕で言った後、
「だけど、大人のしるしはそれだけじゃないんだぞ」
と、にやつきながら二人の顔を見た。
そして、不思議そうな顔をしている二人を手招きし間近に寄せ、ぼそぼそと内緒話のように伝えると、二人は「えーっ!」と声を上げて、それから笑い出した。
夜。
ひとり夜具にもぐりながら、紫野はもそもそと体を動かしていた。
二年前、次郎吉に体に触れられた時に紫野を悩ませたあのふわふわした感じが今も続いていて、時折心が不安定になるのだ。
自分を保とうと集中するのに、逆に意識は遠くなる。
眠ったというより、気を失った状態で朝を迎えるのが紫野には辛かった。
だからこうやって体を動かして意識をとられないよう戦っているのだ。
「高香のことを考えよう」
そう声に出して言うと、まぶたの裏に高香の姿を浮かべた。
高香の声、高香の姿、高香の香りは何より紫野を安堵させる。
それらを思い出しながら、紫野はすぐに眠りに引き込まれていった。
――夢の中で、紫野は高香に寄り添っていた。
高香が白くて長い指を伸ばす。
その手をはにかみながら握る自分は、娘の着物を着ていた。
(これは茜の着物だ)
そんな風に漠然と思う。
だが明らかに体の感覚が違っていて、腹の下の方が妙にうずいて熱い。
そこに男子のしるしがないのを、紫野は知っていた。
(俺は今、女になっている)
戸惑いつつも、高香の腕にしがみつくとかえってそれが嬉しいような気持ちになり、紫野は夢の中で少女のように頬を染めた。