表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/360

第百五十三話 ゆるやかな午後

「何を笑っているのだ、紫野?」


 紫野は、はっと目を開けた。

 ぜんぜん気がつかなかったが、いつの間にか高香が部屋にいて、寝そべって思い出し笑いをしていた紫野の側にかがんでいたのだ。

「高香」

 まるでウサギのようにぴょんと跳ね起きると、紫野は言った。

「ハナカゲに乗りに行こう」

 それを聞いた高香は、涼やかな声で笑い、

「今警邏から戻ったばかりだろう? 疲れてはいないのか?」

 と言った。

 紫野は首を横に振る。

 今回は隣村の龍神村へ徒歩で一日同行しただけだ。元気いっぱいの紫野には何でもない。

「早くハナカゲに乗れるようになりたいんだ。高香が一緒だと、ハナカゲも嬉しいみたいだし」

 ハナカゲは大人しい牝馬だが、神経質なところがある。無骨な男に触られるのを嫌がるのだ。

 しかし高香の手には、最初から優しく頭をすり寄せた。

「おまえは優しい目をしているな」

 ハナカゲを撫でながら、高香も情を込めて話し掛ける。

 かくして今まで馬に乗ったこともなかった高香だが、ハナカゲの背にはなんなくまたがり乗りこなすことが出来た。

「すごい、すごい。俺もひとりで乗りたい」

 そう言ってハナカゲにひとりで乗ろうとした紫野だったが、ミョウジにも作造にも止められた。

 まだ九つの紫野がまたがるには、脚の長さが十分でない。

 実際のところ、和尚も作造も、なぜ嘉平次がこんな幼子に馬などくれたのかと多少疑問であった。

「しばらくは大人と一緒に乗りなさい。落ちて骨でも折ったらどうする」

「じゃあ、高香と乗る」

 ふくれ面の紫野が言った。

「でも、この夏の間には、ひとりで乗れるようになる」

 こういう物言いをした時の紫野は、頑固だ。

 (せめてあと三年――)と眉を下げる和尚を、半ばなだめつつ、

「大人しい馬です。おそらく和尚さんも今後他村へ行かれる時など、お乗りになれましょう」

 と高香が口添えし、やっと和尚は馬に触れた。

 ぶるる……と鼻を鳴らしつつ頭を垂れているハナカゲの様子に、「ふむ」と納得したようである。

「じゃが、まあ、しばらくはひとりで乗ってはいかんぞ」

 そう言いながら、和尚と作造はその場を立ち去ったのだった。



 夏草がゆっくりと風に揺れ、風の道を示している。

 ハナカゲの背に乗った紫野と高香も、ゆっくりと揺られていた。

「ナガレボシにも乗ってあげなきゃ、可哀想かな?」

 そう言って、紫野はちらりと高香を振り返る。

「本当は、俺がハナカゲに乗って、高香がナガレボシに乗ってあげるといいんだけど」

「紫野」

 高香が釘を刺す。

「この夏の間は、だめだ」


 そうは言いつつ、紫野は高香と二人でハナカゲに乗るのが嬉しかった。

 高香の前に乗って体を密着させ、後ろから話し掛けられるのは何となくくすぐったく、心地好い。

 ハナカゲを歩かせつつ、地上から高く浮いたところで二人で他愛もない話をする時間は、紫野にとっては一番楽しいものであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ