第百五十一話 嘉平次
その夏は、多くの村長との出会いが紫野たちを待っていた。
嘉平次という男も、その一人である。
彼の経歴は少々変わっていて、元は町人だったとも、武士だったとも言われている。
ほとんどの男が戦功を立て一国一城の主を夢見る時代にあって、人を傷つけることを嫌い、山奥に自分の村を持った。すると、嘉平次に賛同する農民が我先にとついてきて、嘉平次の村は意外に大きな集落となった。
嘉平次は、土地を切り開き農作物の収穫高を上げたばかりか、その肥沃な土地で馬を育てた。馬力があり、丈夫だと評判の馬である。
さらに女たちには織物を奨励し、その上質な反物を京まで運んでいって売る道筋をも確立していた。
そうして今では、見た目は質素でも内情は裕福な村となり、村人たちは信頼し助け合い、日々の糧にも困ることなく、心の底から笑える毎日を送っていた。
「ほほう、『霞組』ねぇ」
ちらりと見る嘉平次のぎょろ目に、紫野と聖羅はぎくりと身をすくめる。
疾風だけは顔を赤くして、しっかり前を見据えていた。
嘉平次はさほど体の大きな男ではないが、そのがっちりとした肉体からみなぎる活力は圧倒的である。
濃い一文字眉に飛び出しそうな目、あくまでどっしりとした鼻梁のすぐ下から顎にかけて、また濃い髭に覆われている。
一言で言えば、「恐い」というのが嘉平次の印象であった。
「どれ。剣の腕前を見せてもらおうか」
そう言って嘉平次は目の前の茂みを指差した。
するとそこから、長い棒を手にした若い男たちが三人現れ、疾風たちに対峙して立った。
疾風がちらっと井蔵を見る。
「行け」という無言の合図とともに、あっという間に小さな三つの影は飛び出していった。
男たちがたじろぐ間も与えず、聖羅の右手から繰り出された鞭が一人の棒に絡み付き遠くへ飛ばす。
と同時に、一気に男の目前まで跳び込んだ紫野は、いつの間に抜いたのであろう、剣を男の喉元にぴたりとつけた。
「こい!」
ようやく棒を構えた最後の男も、そのとたん、疾風の剣に棒を真っ二つにされ、唖然とするのみである。
「おおお……」
嘉平次もただ声を漏らし、大きな目を驚きでいっぱいに見開くと井蔵を振り返って言った。
「たいしたガキどもだ」
井蔵はにっと笑い、
「ガキではありませんぞ、嘉平次殿。草路村の警固衆、『霞組』にござる。今後、嘉平次殿の村をお守りいたします」
そう言って頭を下げた。
疾風、聖羅、紫野もすばやく走り寄ると一列に並び、井蔵にならってぺこりと頭を下げる。
恐い顔をいっぺんにほころばせると、嘉平次はただちに三人に対し、それぞれ丈夫な馬を与えた。