第百四十九話 細魚村の権兵衛じい
年が明け、その松の内に井蔵は疾風を連れて、細魚村の村長、権兵衛の家を訪ねていた。
細魚村は、井蔵が警邏で年に数回滞在する村だ。
少し行けば街道に通じ、町にも行ける。
草路村とは比べようもないほど、大きく、また豊かな農村であった。
村長の権兵衛はもうすでに高齢であったがかくしゃくとし、立派な髭を震わせて腹の底から太い声で笑った。
「おお、よう来たのう、疾風。まあ座らんか」
「うん」
疾風は権兵衛のことを「権兵衛じい」と呼び、見かけはいかめしいこの老人のことを好いていた。
何より、権兵衛は井蔵と心安かったのだ。疾風にとっては、祖父のような存在といってもよい。
「野武士を殺ったそうだな」
権兵衛はずいっと疾風に顔を近づけて言う。
疾風はにっこり笑い、
「ああ、殺った」
と答えた。
すると権兵衛はまた大声ではっはっは、と笑い、井蔵に、
「おう、さすがおまえさまの後継ぎじゃて。たくましゅう育ったな」
そう言って、茶をずずっと飲み干した。
「今年から正式に村の警固衆にしようと思いましてな」
「ほう」
井蔵のその言葉に、権兵衛が感心したように唸る。
「立派なもんじゃ。……疾風、いくつになったのかのう?」
「十二さ。だけど、仲間はもっと若いんだ」
「仲間?」
いぶかる権兵衛に、井蔵が説明をした。
「疾風と一緒に剣を学んでおる子らがおりましてな。まだ幼子とはいえ、剣術の腕前は見事ゆえ、この際、三人一緒に警固衆にすれば、さらなる上達も易かろうと」
「これはこれは」
権兵衛は目を剥いた。
「そのちび剣士たちはどこにおる」
「次は一緒に来るよ」
疾風が明るく言った。
実際、父からこの提案を聞いた時、疾風は嬉しかったのだ。
それは自分よりも、聖羅や紫野を誇りに思えたことが大きかったに違いない。
これからは、その自慢の仲間とともに大人たちに混じって村の警護をし、過酷な警邏にも同行する。
いずれもいつかは完全に井蔵たちから引き継がねばならぬことばかり。
(やっていけるさ。紫野と聖羅がいれば)
そう思う疾風は、自然と胸を張った。