第百四十七話 逢瀬(一)
「親父。今日、笑ってただろう。何を笑ってたんだ? こっちが可笑しかったぞ」
井蔵は頭をかいた。
「うへぇ。見られてたか。――だがな、おめぇらを見ていて嬉しかったからだ。疾風、おめぇらはいい警固衆になるぞ」
すると疾風も陽気に片目を瞑り、井蔵に答えた。
「任せろ」
――きぬよ。
時々井蔵は、心の中で亡き妻に語り掛ける。
――疾風は俺には過ぎた子だ。まだ早いが、先はいい女房をもらって、あいつのような子をたくさん持ってほしい。
そして竹筒に刺した萩の花を見やる。そこにきぬの面影を重ねて。
「……なんてな」
しかし、きぬが答えてくれたことは一度も、ない。
その夜であった。
隣で疾風が寝息を立てている。
いおりのためにと造った部屋が頭の方向にあり、今夜はそこから漏れ出てくる空気がなぜか気になっていた。
今も井蔵は、頭を撫でられているような感触が気になって寝付けないでいたのである。
ようやく、うとうととまどろみかけた時、
――……さん、井蔵さん。
女の声がした。
その甘いような声は、きぬのものではない。
――いおり?
咄嗟にそう思い、井蔵は眠ったまま問い返した。
――どうした。なんでここにいる?
すると、目は瞑っているのにいおりが目の前に飛び出してきたのが見え、夢の中で井蔵は慌てて両手を差し出して受け止めようとした。
腕の中にいおりのなよやかな肢体を確かに感じ、あの独特の体臭さえ匂ってくる。
――井蔵さん……いおりを抱いて。お願い。
――ああ。わかった。
いおりが口を合わせてきて、夢の中の井蔵は、ためらいもなく強く吸い返した。
そのまま二人は男女の営みを自然に交し合い、井蔵は想像どおりのいおりの若く美しい肉体にとろけた。
不思議だが、井蔵にはこれが夢だとわかっている。
いおりはすでに死んだということも、理解していた。
――いおり。おめぇ、何で今ごろ……。むごいとは、思わねぇか。
いおりを抱き締めたまま苦笑する井蔵に、いおりは、
――むごいもなにも。いおりにはお役目がございます。そのお役目が終わるまで、いおりは井蔵さんのお側を離れませぬ。
と、再び井蔵の胸に顔をうめた。