第百四十五話 聖羅と小鳥
「紫野のやつ、最近どうしたんだ? 稽古にぜんぜん来ないじゃないか」
そう言ったのは、数馬である
「高香がいるからだろ」
汗を拭きながら、聖羅が答える。ついでに、
「紫野は俺たちといるより、高香といた方が楽しいんだ」
と、付け加えた。
「まあそうむっとするなって、聖羅。高香はもうすぐ発つらしいから、せめて今だけは一緒にいたいんだろう。――そら、雪が来てるぞ」
笑いながら、疾風が指差した方向から雪と珠手が駆けてくるのが見えた。
雪は可愛い手を振っている。
「こんにちは、疾風、聖羅。みんなも」
屈託なく挨拶をする雪とは対照的に、珠手は疾風の前に立つと小声で言った。
「……こんにちは」
数馬も長吉も、それをにやにやと見ている。
珠手が、疾風に対し特別な好意があるのは確実だった。
「今日も紫野はいないのね?」
雪が小鹿のように小首をかしげ、聖羅は(あのやろう――)と思う。
だが聖羅にとって何より嬉しいことは、いつかあげた飾り紐を、雪がいつも髪に結んでいることだった。
今日も雪がいつもどおり結んでいるのを見ると、聖羅はとたんに気分がよくなり、
「雪、こっちへ来いよ。いいものを見せてやる」
そしてさっと木の上に上がり、しばらくの後、手の中に何かを包むようにして降りてきた。
「ほら」
「わっ!」
雪の顔が輝く。
それは小鳥の雛だった。ちぃ、ちぃとかすれた声を上げている。
「小さい」
雪は聖羅からこわごわ雛を受け取りながら、目を丸くした。
「親鳥が戻る前に巣に返した方がいいぞ。でないと攻撃してくるぞ」
数馬が横からのぞきながら言うと、珠手が心配そうに空を見上げ、
「雪ちゃん、返しておやり」
と言う。
雪はうなずくと、その手を聖羅に差し出した。
聖羅はわざと雪の手を包むように下から両手を添えると、「いいよ」と雪に手をはずすよう促す。
雛は無事、雪の手から聖羅の手の中へと戻った。
そして再び木の上に上った時――。
頭上で、ギャアギャアという親鳥の声がし、一直線に舞い降りて聖羅の頭をコツンとやった。
「うわあっ!」
慌てた聖羅は足を踏み外し、木の枝から見事に転げ落ちるとうめきながら腰をさすった。
「……痛ぇっ」
皆はそれを見て、可笑しそうに笑った。