第百四十二話 三人の午後(一)
「今年はもう来ないのかなぁ、あの白い髪のやつ」
木の上で、聖羅が伸びをしながら言った。
その根元に座っていた紫野は、(俺に振るな)と思う。
蝉の声しかしない暑さにうだる午後、三人は一緒に握り飯を食べながら、木陰でのんびりしていた。
案の定、聖羅は木から降りもう一つ握り飯を握りながら、紫野を名指しで聞いてきた。
「おい、紫野。あいつ、今年は来ないって言ってたか?」
「知らない」
紫野は、自分でも変だと思いながら、ぷいと横を向いた。
聖羅の無神経さには、いつも腹が立つ。いい仲間だとは認めているけれど、時々嫌いになる。
(――嫌なやつ)
たしかにもうすっかり夏日であった。高香が来るには遅すぎる。
去年、高香の言っていたことが、紫野の頭を巡り出した。
――大和の守護代様がお召しなのです。……このままずっと大和にとどまれとまで。
「違う」
紫野は頭を振った。
「高香は大和にはとどまらないって言った」
(そうだ、高香は絶対に来る)
そう納得し顔を上げた紫野は、なぜかきらめいて見える。
それを見て、飯をほおばった聖羅が首をひねった。
「おまえって、変わってるな」
すると疾風が愉快そうに、
「聖羅、おまえもあの薬売りが気になるのか? すごく待ち遠しいみたいだぞ」
まさか、紫野をおちょくっただけだとは、言えない。
疾風は紫野のことになると、本気で怒ることがあるから。
聖羅が眉をむつかしくしていると、さらに疾風がにやにやと言った。
「おまえってやつは、いつも紫野をからかっては喜んでいるんだな。いつか、嫌われるぞ」
聖羅は驚いた。
(紫野をからかって喜んでいる、だって? 俺が?)
「そ……そんなつもりはないさ。だいいちなんで、俺が紫野をからかわなきゃいけないんだ?」
そう言いながら、ちらりと紫野を見る。
すると、同じようにしていた紫野と視線が合った。
紫野がまた、ぷいと横を向き、聖羅はかちんとする。
眉を寄せた。
「だから嬉しいんだろ」
疾風の声が、意地悪く蝉の声と混じった。