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第百四十一話 眼差し

 幼い紫野の心に残ったのは、女を組み伏せていた男の姿と伊吹の死だった。

 自分がどうやって剣を振るったか、伊吹と女が殺された情景さえ紫野の記憶にはなかった。

 だが翌日疾風が寺を訪れると、紫野は意外にも落ち着いた表情で出迎えた。

 そして、

「剣の稽古をしよう」

 と、さらりと言ったのである。

 腰には兼じいの剣が納まっている。

「疾風、行こう」


 二人は広原への道をたどりながら、珍しく無言だった。

 青々とした草を踏み分け、黙々と歩いてゆく。

 昨日降った雨のせいで、足元がすぐに濡れた。

「おいっ、紫野っ」

 ついにたまりかねた疾風が怒鳴る。

 すると紫野は足を止めてくるりと振り返り、疾風をまっすぐに見た。


「――疾風、俺は強くなりたい」

「えっ」

「俺はもうためらわない。俺がためらったから、伊吹は死んだ。だから、もう……」

 それだけ言うと、また歩み出す。

 疾風は早足で追いつき肩を並べ、紫野の顔をのぞき見た。もしや、泣いているのではと思ったのである。

 疾風の中で、ちらりと昨夜の紫野の白い顔が浮かんでは闇に溶けいるように消えていった。


 だが紫野は泣いてはいなかった。

 それどころか、ふふっと笑い、

「恵心が俺を、毛虫でも見るような目で見るんだ。ミョウジに、なんで俺を寺に置いておくのかって言ってるのも、聞いた」

「恵心がそんなことを?」

 うん、とひとつ頷き、紫野は、

「稚児でもないのにって。――疾風、稚児って、何だ?」

 疾風も知らない。首をひねった。

「さあ」

「疾風でも知らないこと、あるんだな」

 その団栗眼(どんぐりまなこ)は、昔、初めて会った頃の紫野を思い起こさせる。

 疾風は思わず笑顔になり、

「あるさ。知らないことだらけだ」

 そして、

「恵心なんて気にするな。あの弱虫、ネズミを見せたらいっぺんに逃げてくさ」

 その言葉に、紫野の目がちらりと閃いたようだった。

「じつはさ……さっき作造と一緒に、恵心の部屋の中にネズミの死骸を置いてきたんだ」 

 二人はやっと、大声で笑いながら、いつものように野原を駆け出した。

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