第百三十九話 白い影(三)
何となく赤い空と薄い月明かり――。
あたりはなお闇である。
血の臭いが広がっていた。
紫野の怒りはまだ治まらず、漠然とそこに立ち尽くしていた。
その怒り――。
それは自分に向けられていたのだ。
かたわらに、腹を突かれた伊吹の死体と先ほどまで泣いていた女の死体が、今は声もなく転がっている。
「紫野!」という伊吹の絶叫が耳の奥でまだ響いていた。
「どうして……」
やがて紫野の目から涙がこぼれ落ちた。
「どうして俺は動けなかったんだろう――どうして」
俺のせいだ。
俺のせいで伊吹は死んだ。
二人は死んだのだ。
半開きの伊吹の眸が鈍く光り、大きく開いた口からは歯が白くのぞいている。
伊吹はもう、「物」になってしまったのだ。
紫野はその場に座り込んだ。
真夜中を過ぎ、重くなったまぶたをこすりながら野武士を捜索していた時、疾風は聖羅から「疾風が村へ来いと言った」と伊吹から聞いたと告げられ、驚いて目が覚めた。
「何だって? 俺は用心しろと言ったんだ」
「きっと伊吹のやつ、紫野にも同じことを言ってるぜ」
そんなわけでただちに二人は、野武士より紫野と伊吹を捜すことにした。
「嫌な予感がするんだ」
言葉どおり、疾風の胸は先ほどから激しく鼓動している。
「まずは、寺へ行こう」
もう火は治まって、いつもの夜空が頭上にあった。
今にも雨が降り出しそうな空に、星はぽつぽつとしか見えない。
細い月は、雲間に隠れながら、時折薄く光るのみである。
「疾風」
山道に入ったとたん、聖羅が声を殺して疾風を呼んだ。
弓を構え、
「血の臭いがする」
ぼそりと言う。
「野武士か?」
疾風も再び剣を抜き、二人は身構えつつ進むことにした。