第百三十六話 野武士の来襲(五)
「あの時の男か……。どこにいやがる」
井蔵は、火事のせいで赤くなった空を見上げながらつぶやく。
と、遠くで女の悲鳴がした。
たった今、つゆのが駆けていった方角である。
「しまった! ――つゆの!」
真っ先に駆け出した藤吉の後を、井蔵、疾風も続く。
そして、またもつゆのを担ぎ上げた男が、林の中に入り去ろうとしているのを運よく見つけたのであった。
「待てぇっ!」
その声に男は立ち止まるとにやりと笑い、つゆのを放り出すと、逃げるその背に向かって持っていた刀を振り上げた。
「あっ!」
三人が息を飲む。
――殺られる!
「げっ!」
その時、どうしたことか、男が悲鳴を上げて刀を取り落としたのである。
井蔵や疾風が夜目に強いとはいっても、何が起こったのかはっきりと判断できる距離ではない。
ただ男がうろたえ、しきりと右腕をさぐっているのはわかった。
「ち、ちくしょう……」
そう言いながら、あたりを見まわしている。もうつゆののことはすっかり頭にはないようだ。そして次の瞬間――。
向こうを向いた男がドンと尻餅をついた。
「ぐぁっ、ぐ……」
「疾風! 今だ、斬れ!」
「聖羅っ?!」
すると、少し先の木の上から聖羅がひょいと飛び降り、こちらへ駆けてきたではないか。
髪をなびかせ、手に愛用の半弓をしっかりと握っている。
「斬れっ、早く!」
疾風は一瞬にして駆け出すと、もがいている男の背中めがけて、一気に剣を振り下ろした。
が、男の方が早い。
脇差を抜くと、咄嗟にかざして疾風の剣を受け止めた。
喉に聖羅の矢が深々と突き立っている。右腕を貫いているのも、同じく聖羅の矢である。
「こ……の、くそがきども」
男は血走った目で疾風を睨み、口から血を流しながらも満身の力で疾風の剣を押し返し、立ち上がろうとした。
が。
「たあっ!」
「ぎゃああああっ!」
その男の肩に、追いついた聖羅の剣が斬り込んだ。
さらに、のけぞる男の体の上に飛び乗った疾風が、今度こそ男の左胸を一突きにした。