第百三十四話 野武士の来襲(三)
藤吉はつゆのに、「つゆの、俺んちへ逃げていろ」と言うと、つゆのの目を見て大きく頷いた。
「――かえでが待ってる」
つゆのはその藤吉の言葉に少し安心したようである。
「姉ちゃんは無事なの?」
と聞いた。
「ああ、無事だ。井戸の側に掘った隠れ穴に、一刀と一緒にいるはずだ」
一刀――とは、もちろん、かえでの生んだ赤子である。
だがつゆのは、燃える家の方を見て少しためらっているようだった。
「でも……父ちゃんや母ちゃんが」
藤吉が言葉に詰まって井蔵を見ると、井蔵も渋い顔をして火の中を見つめている。
藤吉はがっしりとつゆのの両肩をつかんだ。そして、声だけはできるだけ優しく、
「大丈夫だ。行け」
と言った。
つゆのは、やはり下を向いたまま白い面を震わせたが、すぐに顔を上げ、返すように一つ頷くと、後ろも見ずに走っていった。
それをほっと見送りながら、藤吉は井蔵に話し掛ける。
「大丈夫だ、疾風は頭がいい。きっと無茶はしないさ……」
――ガラガラガラッ!
言い終わらないうちに、音を立てて入り口の屋根が燃え落ち、二人は思わず後退さった。
「疾風!」
蛇の舌のような赤い炎が家屋の奥に見える。母屋はほとんど全滅だ。
「何てこった……」
井蔵がそうつぶやいた時、孫平に肩をかした疾風と、源平太、妻のおさいが崩れ落ちた屋根を踏み越え飛び出してきたではないか。
「疾風!」
駆け寄る井蔵と藤吉に、疾風はすすに黒く汚れた顔を向けた。
「三人とも、柱に括り付けられていたんだ。――やれやれ、間に合った」
「何てぇ、馬鹿をしやがる」
目を吊り上げた井蔵が疾風の頭をがんと叩き、
「だが、よくやった」
笑顔を見せた。