第百三十三話 野武士の来襲(二)
孫平の家はすでに炎に包まれて、あたりを真昼のように明るくしていた。
その側を、黒い影が右往左往に動いている。
まさに野武士どもが、孫平の家から盗み出してきた物品を手に逃げようとしているところであった。
「親父!」
疾風が指差す方を見ると、泣き叫ぶつゆのが、乱れ髪の汚らしい男の肩に担がれているではないか。
井蔵は一瞬で走り寄り、男の腹を斬り上げる。
疾風も即座にその後に続くと、油断していたほかの野武士二人をたちどころに斬って捨てた。
興奮からか、さすがに息があがり、心臓が激しく鼓動している。
「おう、疾風。見事!」
疾風の背後で、井蔵がさらに騒ぎ出した数人の野武士を倒していった。
放り出されたつゆのは、呆然とただ地べたにすわっていた。
「大丈夫か」
井蔵がそう言って差し出した手に、わっと飛びついて泣きじゃくる。
「源平太たちは、どこだ?」
つゆのがふと、泣くのをやめて顔を上げた。
十四歳の、まだあどけない顔。その顔が恐怖にこわばり、小さな肩は震えている。
「みんな……まだ中に」
「なんだと……おい、疾風!」
つゆのの言葉を聞いた疾風が、火の中に飛び込んでいった――井蔵はそれに驚いて声を上げたのである。
火の勢いはどんどん大きくなっている。
井蔵は再びどなった。
「疾風、戻れ!」
その時向かってきた影が、下劣な掛け声とともに井蔵めがけて槍を突き出した。
井蔵の両腕は、つゆのにしっかりとしがみつかれたままだ。
(――しまった!)
ひやりとした感覚が背中をかけぬけた時、パァン! と音がして槍がはじかれた。
つゆのが悲鳴を上げ、野武士の「ちっ!」という舌打ちが聞こえたが、それはすぐに喉元を刺し貫かれた断末魔の声に変わった。
沈みゆく男の体と逆に、一つの人影がくるりと振り向きざま立ちあがる。
「危なかったな、親父さん」
藤吉だった。
まさに間一髪、だ。
「おお、藤吉か。すまねぇ」
倒れた野武士を横目で見つつ、井蔵は額の冷や汗を拭いた。
そして、
「疾風のやつ、火の中へ飛び込みやがった」
と言った。