第百三十二話 野武士の来襲(一)
初めて人を斬った時、思いは三人三様であった。
ただ、彼らが生きたのはそういう時代であり、またためらいも許されない状況であった。
あのいおりとかえでを襲った生き残りの野武士が、仲間をひきつれ報復に襲撃してきたのは、梅雨に入って間もなくのことであった。
夜も更ける頃、物見台で見張りをしていた村男が、村の入り口に掲げられた松明が消されたのに気づき目を凝らすと、そこに走りこんでくる武者の一団を見つけ慌てて鐘代わりにぶらさげた鍋を叩いて皆に知らせた。
だがその音は村中に知らせるというにはあまりにもおそまつで、結局十分に警告もできないまま、彼は野武士たちに引き摺り下ろされて殺されてしまった。
村人たちは皆、野武士の怒号で来襲を知り、悲鳴を上げながら家々から飛び出してゆく。そこを容赦のない野武士どもが斬りつけるのだ。
女子供にも見境なく斬りつける鬼のような所業に、静かだった村はたちまち阿鼻叫喚の地獄図に変わった。
こういう時、村の集落からやや離れたところに住んでいる井蔵に知らせに走るのは、伊吹の役目と決めてあった。
伊吹から一報を得た井蔵は飛び起きると剣をつかみ、「疾風、おめぇも来い!」と目を吊り上げた。
「おう! ――伊吹、紫野と聖羅にも知らせてくれ、用心しろって!」
そして疾風は兼じいの剣を手に、父と一緒に真っ暗な道を疾走した。
いくらも走っていないにもかかわらず、風がきな臭い臭いを運んでくる。
井蔵は舌うちをし、
「やつら、火をつけやがったな。疾風、急げ!」
と怒鳴った。
父が本気で走ればとても追いつけない、と疾風は思っていた。
だが遅れることなくついていけたのである。
さらに腰に帯びた剣が、一回り大きくなった自分をより強く自覚させた。
林を抜けたところで二人の足は止まった。
(――村が燃えている)
そう思うやいなや、ザザッという音とともに近くの小屋が崩れた。
「疾風、いいか、無理はするな。危ねぇと思ったら、さっさと逃げろ。だがやつらに慈悲はかけちゃならねぇ。迷わず、斬れ」
井蔵のその言葉に疾風は大きく頷くと、腰の剣を引き抜いた。
その刃に、燃え上がる炎の赤さが映り込んで照り輝く。
その時、横から飛び出してきた者の気配にいち早く気づいた疾風は、無意識に剣を薙いだ。
ぎゃっ! という声をあげ、野武士が一人転がる。
手応えは、たしかにあった。
だが兼じいの剣は切れすぎてあっさりもしている。
飛び散った血にも動じず、疾風は井蔵よりも先に村の奥へ走り入った。
「野武士たちはどこへ行った?!」
懸命に火を消そうとしている数人の村人たちに、疾風は大声で尋ね、一人が「孫平の家の方に行きおった」と教えると、
「――復讐か。だけど、こっちが復讐してやる。いおり姉の仇だ」
そうつぶやいてまた走り出す。
道の途中に、背中を二つに斬られた男と女の死体が転がっていた。
後から来た井蔵が、
「何てこった。やつら、絶対に許せねぇ」
唸りながら唾を吐いた。
湿気を含んだ風が頬を撫で、間もなくの雨を予感させる。
疾風はきっ、と前方を睨んだ。
「親父、急ごう」
その時初めて、疾風は井蔵を、「父ちゃん」とは言わず「親父」と呼んだ。