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第百二十七話 心の風

 約束どおり春の訪れとともにやってきた高香は、一月ほどの滞在の後、また草路村をたっていった。


 鶯の声がゆき過ぎる寺の一室で、ミョウジと三人で茶を飲んでいた時、

「おまえさまはこれからもずっと旅を続けられるのですかな?」

 と問うた和尚に、高香は、

「はい。旅が自分に合っている気がするのです。たまたまこういう境涯に置かれたことも、御仏のお導きでしょう」

 と柔らかな笑顔を向ける。そして、

「私を待ってくれる人がいる、これ以上幸せなことはありません」

 と言って、紫野にも微笑みかけた。


 その自分だけに向けられた笑顔に、紫野は舞い上がる心境だ。

 だが紫野は、黙々と茶を飲んでいる――。

 その様子は、二人の大人にはこの上もなく愛らしく映るのだ。

 紫野が何も言わなくても、笑顔を返すことをしなくても、香高にはその思いがちゃんと伝わっているし、そんな通じ合う二人を、和尚は優しい思いで見ているのであった。


「よければ夏中ここにいらっしゃるといい。暑い時の旅は大変じゃろうし、村の者も優秀な薬師がいてくれると安心じゃ」

 紫野も同意したい。目だけがくるりと動いて高香を見た。

 高香は茶を下に置きながら、

「それが……大和の守護代様がお召しなのです。五月に行う神事にぜひ参詣するようにと」

「ほう?」

「大和の伊勢実友様は、まだ(よわい)二十六というのに大病を患っておられ、たまたま私の煎じた薬草がお体に合われたようです。喜んでいただき、このままずっと大和にとどまれとまで――」

 そう言って苦笑した。

「それではおまえさまに天井人になれと?」

「はい。しかしその時はどうにかお断りしたのです。その代わり必ず神事の折には戻るようにと、念を押されましたが」

 和尚の眉のあたりが少し曇り、

「では、今度こそ断れないのではあるまいか?」


「――いえ。大和にはとどまりません」

 高香はそう言いきった。

 そして白い髪に縁取られた端正な顔を上げると澄んだ瞳をすっと細める。

「私には旅が合っています。こうして、その土地土地の風に吹かれていたいのです……」


 紫野は、香高の目の中に揺れる光を見た。

 そして、高香の感じた風をもっと知りたい、と思った。

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