第百二十六話 予兆(二)
(――姉ちゃんと同じだった)
次郎吉はどきどきしていた。
今見た紫野の体が目に焼き付いている。
それは昔見た姉の体と同じだったのだ。
(――女だ。紫野は、女なんじゃ)
そう思う心に、浮き立つような喜びが湧きあがる。
(――これで本当に紫野をにょうぼうにできる。紫野は俺の紫野じゃ)
翌朝、意気揚揚と次郎吉は寺を訪ねたが、作造が出てきて「今日は紫野の具合がよくないから、会えない。悪いのう」と言って、また奥へ入っていった。
次郎吉は、しょんぼりと稽古場である広原へ向かった。
昨夜は不機嫌に口も利かず寝てしまった兄の長吉も、すでに来ている。次郎吉を見るなり腕をつかんで、
「こいつ、昨日紫野に何をしたか、兄貴にちゃんと話せ」
と、疾風の前に突き出した。
だが次郎吉は下を向いたままもじもじし、「何もしてねぇ」と言うばかりである。
じっと無言で次郎吉を見る疾風も、やがてため息をつき、
「もういい。だが次郎吉、紫野はおまえの子分でも、おまえだけの紫野じゃない。みんなの紫野だ。これからは、みんなで遊ぼう」
と言った。
本能的に、次郎吉は紫野の体のことを「口にしちゃいけない」と思った。
なぜだかわからない。
「秘密」として、紫野と二人で共有したかったからかも知れない。
だがそれは、たとえ紫野本人は気づいていないにしても、結果的には救いだった。
もう誰も、昨日のことを持ち出す者はいない。
皆、木刀を構え、いつものように剣術の稽古に励みだした。
一方紫野は、布団の中にいた。
まるで雲の上を歩いているような、かといって心地好いのではなく、ただふわふわと安定しない心もとない揺れのようなものを感じ続け、何かが自分の中から出て行こうとしているような、小さな混乱に陥っていた。
昨日の次郎吉の、不思議と手の感触は思い出せないが、間近に迫った真っ赤な顔が忘れられない。
(――赤鬼だ)
ぞっと粟立ちながら、ぎゅっと目を瞑り、布団にしがみつく。
ミョウジはまだ龍神村から帰ってこない。
(――助けて、助けて)
しばらく心の中で叫んでいると、ふっと高香の顔が浮かんできた。