第百二十五話 予兆(一)
「どうした。次郎吉に何かされたのか」
疾風がかがんで紫野の肩に触れようとすると、紫野は大声で「何でもない!」と言いつつ頭を振った。
「何でもない、あっちへ行ってくれ!」
聖羅も長吉も、茂みから顔を出した。珠手に手を引かれた雪まで。
「何でもない、大丈夫だ。みんな戻っててくれ」
紫野の体を着物で覆いながら、疾風が皆に言った。そして聖羅に目配せをする。
聖羅は小さく頷くと、
「行こうぜ。――雪、転ぶなよ」
と言い、三人を先導して木の間に消えた。
疾風自身も、だがそれ以上は聞かず、「紫野、立てるか?」と言い紫野を助けると、帯をきゅっと結んでやった。
「今日は寺へ帰って休め。何も考えなくていいから――さあ」
紫野はまだ泣きじゃくっていたが、差し出された疾風の手を握ると一緒に歩き出した。
次郎吉は、この年齢の子供がよくあるように、生殖器への興味が強くなっていたのである。
自分のものをいじくっては何となく感じる快い感触にとらわれていたが、最近では他人のものが気にかかるようになっていた。
特に、紫野のそれを見たい気持ちが日に日に高まる。
それで今日、こっそり藪の中に移動した後、互いに見せ合おう、と言い出したのだった。
「嫌だ」
と紫野が言うと、
「おまえ、女か」
と馬鹿にしたようになじった。
「何をっ」
それで紫野も、えいっと下帯をとったのだ。
風がじかに触れる、開放感というよりも頼りない感じと、次郎吉の痛いぐらいの視線に紫野は耐えつつ、じっと足を踏ん張っていたが、いきなり次郎吉が握ってきた時には驚いてあっと声を出した。
次郎吉は強引に正面から体を合わせ、自分の性器をくっつけるようにし、
「比べるんじゃ」
と言う。
その紅潮した顔が間近に迫り、紫野はすっかり混乱した。
次郎吉のもう一方の手が紫野の腰を引き寄せ、つかんでいた手が揉むように動いて彼のものがぴったりと押し付けられた時、紫野の体の中ではじけた熱いものが、紫野に悲鳴を上げさせたのだ。
だがその瞬間、次郎吉が唖然としたのに紫野は気づかない。
さらに次郎吉の手に「握られている」という感触が消え失せたことにも気づかなかった。
そう、次郎吉の手の中にあったものは、一瞬で消えていたのだった。