第百二十三話 夏の日の出来事(一)
夏の陽射しが照りつける中、子供たちは水遊びに興じていた。
ちょうど妙心寺の裏手には小滝があって、透明な淵には魚も棲んでいる。
皆半裸で、水くぐりをしたり、魚をつついたり、それぞれ楽しんでいた。
「ミョウジは今日も龍神村か?」
と、疾風が紫野に聞くと、紫野は滝をくぐりながら、「うん」と答える。
「明日、帰ってくるって作造が言ってた」
すると長吉が鼻を鳴らし、
「龍神村か。あの村には行きたくないな」
と言った。
「なぜだ?」
からかうように聞いた疾風に、長吉は真面目に答えて言う。
「あの村にはいじめっ子がいるからさ」
「いじめっ子?」
紫野がしかめ面をした。そして内心思う。
(この村にもいるぞ――次郎吉っていういじめっ子が)
その次郎吉、少し離れたところで二匹のサワガニを鋏で競わせて遊んでいる。
「何てやつだ?」
「虎太郎っていうらしい。すごく体がでかくて、力もちなんだって」
ふーん、と言いながら、疾風がちらりと視線を岩陰に走らせた。
そこに雪と珠手、そして聖羅のかがんだ背中が見える。
どうやら木桶の中に、聖羅がすくった小魚がいるようだ。それを二人の少女が笑いながら触ったりしている。
聖羅が手を突っ込んでつかんだ魚を雪の目の前に持ってくると、雪はきゃあと可愛い声をあげて笑った。
あの事件以来、かえでと入れ替わるように、珠手と雪が稽古場に遊びに来るようになっていた。
どうも聖羅が呼んだらしい。
珠手は疾風の一歳下だ。
今まで年上の女と接することが多かった疾風は、かえって気安くしゃべれない。いまだにちらちらと見る程度である。
珠手の板についたお姉さんぶりや、雪の無条件に愛くるしい笑顔に翻弄されていた。
と。
雪が小さな手に魚を握り締めてこちらへ走ってきたではないか。
「紫野、紫野」
雪は疾風の横をすり抜け、紫野の側へ行く。そして「ほら」と魚を突き出した。
「わっ」
それを慌てて受け取ろうとしながら、紫野が雪の手を握った。
魚がするりと逃げて水の中にポチャンと落ち、二人はまた声をあげて笑うと一緒に淵をのぞき込んだ。
「あーあ」
聖羅がやってきた。
怒ったように口を尖らせ、
「逃がしたな、紫野。せっかく俺が雪に獲ってやったのに」
と言う。
「すまぬ」と紫野が素直に謝ると、雪が顔を上げ、「いいの」と言った。
「雪、触れたから、いいの。楽しかった」
立ち上がって聖羅に向かってにっこりし、珠手の側へ戻っていく。
「……ま、いいか」
ちらり、と紫野の顔を見ると、聖羅は水の中に飛び込んだ。