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第百二十二話 悲涙雨(二)

 その後、藤吉の語ったことは、およそ現実のこととはどうしても思えなかった。

 井蔵はただ黙して天を睨むことしかできなかった。


 昨夜、源平太の家に、二人の野武士が押し入ったのだ。

 彼らはこの乱世の落とし児である。戦いで主をなくし、野盗に成り下がった男たちである。

 たまたまこの村近くをうろついていた時に姉妹の評判を聞きつけ、襲う気を起こしたのであった。

 二人の野武士は刀をかざしながら家の者を脅し、いおりとかえでだけをはなれに押し込むと乱暴しようとした。

 「いおりは……いおりは舌を噛み切ったんだ」

 涙に咽びながら、藤吉が言った。

「あいつらに犯られる前に、舌を噛み切った……親父さんに操を立てようとして」


 井蔵に言葉は出なかった。涙も出なかった。何も、信じられなかった。

 ――いおり……いおり。おめぇは……。

 えくぼを口元に作り微笑むいおりの顔が浮かぶ。

 ――もう、おめぇの笑顔を見れないというのか。二度と。

 外で大木が(きし)む音がし、疾風がはっと息を呑む。

 その刹那に、抵抗するいおりの様子を想像し井蔵は我に返った。

「それで、かえでは……。まさか、かえでも」

「かえでは――あいつは失神して……野武士どもが去った後、やっと助けられたんだ。……誰かが早く駆けつけていれば――」

 そして身を叩きつけるように、藤吉はわめいた。

「俺は何のために剣を習ったんだ! 二人にあんな思いをさせて……! すまない、かえで! いおり!」

「やめろ、藤吉! おめぇが悪いんじゃねぇ。わしも……」

 そこまで言うと井蔵は立ち上がり、すばやく武器と蓑を身に着けた。そして疾風を見て、

「いおりのところへ行ってくる。おめぇは家から出るな」

 と言い残し、藤吉を立たせると共に雨の中に消えた。

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