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第百二十一話 悲涙雨(一)

 村では井蔵といおりの祝言の話題で持ちきりになり、それなりに皆これを歓迎していた。

 同時に、気が変わらないうちにと孫平たちが早くも決めてしまった、かえでの町人との縁談話の噂についても口さがない。

 源平太の家の前を通ると、いおりとかえでが楽しそうに談笑している声が聞こえる、というのがもっぱらの噂であった。

 さらに言えば、二人を見た者いわく、共に幸せに輝くばかりだというのだ。


 いおりはともかく、かえではどういうことであろう。


 あの後、沈鬱に日々を過ごしていたかえでであったが、幸いにも源平太が捜してきた見合い相手は、年頃も似合いの性根の優しい働き者であった。

 一度一緒に町の芝居小屋へ行き、その日のうちにかえでは、その彦輔という男をすっかり気に入ったのだった。

「あたし、乾物屋の若おかみになるんだ」

 と、二歳年下の妹つゆのにも自慢している。

 実際、嫁に行くと決めてからのかえでは見違えるように女らしく振舞うようになって、孫平や源平太らを喜ばせていた。

 井蔵の家の改築も進んでいた。

 夏に入る前に、幸せな二組の祝言が挙げられるはずであった。


 激しい雨が地面を穿(うが)ち、跳ね上がった雨水がしぶきをあげている。

 その前も見えないような土砂降りの中、男が一人、井蔵の家めがけて走っていた。

 藤吉である。

 藤吉はものすごい勢いで家の中に飛び込むと、そのまま土間に転げた。

「藤吉じゃねぇか。いってぇどうした?」

 かまどに火を入れていた井蔵が驚いて立ち上がり、字を練習していた疾風も何事かと顔を向ける。

 叩きつける雨が、開け放たれた戸口の向こうで音を立て一寸先も見えないほど煙を上げていた。

 濡れネズミになった藤吉は泥だらけの顔を上げ、「たっ、大変だっ……」と言ったきり後が続かない。

 それどころか、声をあげて泣き出したではないか。

「どうした、藤吉。しっかりしろ」

 だが井蔵も藤吉の目をのぞき込んだ瞬間、(これはただごとではない)と悟った。

「いおりが……いおりが」

 藤吉のその言葉に井蔵が顔色を変え、「いおりがどうしたっ」と詰め寄る。

「ううっ」と唸った藤吉のこぶしが、地面の上でぶるぶると震えていた。


 雨音は、いよいよ激しくなるばかりである。

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