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第百二十話 雪

 剣の稽古が終わった後、聖羅はひとり村の集落へ向かっていた。

 野原をつっきり、田畑のあぜ道を通り、やがて屋根が傾きかけたいくつかの家が建っている一角に来ると、聖羅はその側の(にれ)の木に身を隠しながら、そっとうかがい見た。

 何人かの子供たちが、毬つきをして遊んでいる。

 男の子が二人、女の子が三人――皆、聖羅より年若だ。

「いた」

 聖羅が思わず口走ったその視線の先にいたのは、良平とまつの娘、雪である。

 今年、六歳になっていた。

 からし色の着物に赤くかすり模様が入っている。

 毬をつくたびに後ろでゆるく結んだ髪が揺れ、楽しそうに笑っている様子が、木の陰の聖羅にもよく見えた。

 しばらくじっとそうしていた聖羅は、ついに心を決め、懐をさぐってあるものを取り出した。

「――よし」

 そうしてそれを握り締めると、口をきゅっと一文字に結び子供たちのいる方へと歩き出す。

 さすがに心臓が、どくんどくんと脈打つのがわかった。


 一歩一歩、自分たちの方へ近寄ってくる聖羅に、雪のそばにいた珠手が真っ先に気づいたようである。「あ」と小さく声を出し指差した。

 それにつられるように遊んでいた子供たちも一斉に手を止め、振り返って聖羅を凝視する。

 すると聖羅はまっすぐに雪の前に進み、ぐいっと左手を差し出したのだ。

 雪の目が困ったようにくるくると動いたまま、だが無言でいると、

「やる」

 聖羅はそう言って、雪の手に何かを押し付けくるりと走り去った。

 あっけとしたまま雪がそれを見ると、それは綺麗な飾り紐だった。

 赤、藤、草色の三色が染め分けてある。

 子供たちは皆雪を囲み、わっと声をあげた。


 聖羅が雪を初めて見たのは、一月ほど前、寺にまつが雪を連れてきた時である。

 まつは、そろそろ雪にも手習いをさせようと思ったのだ。

 とはいえ、普通は貴族の子女でもない限り女の子にあまりこういうことをさせる時代ではない。

 だがまつは雪がなかなか利発な子供であるということを見抜き、無謀にも女の子でも手習いをさせてみようと考えたのだ。

「ミョウジ、よろしくお願いします」

 そう言いながら頭を下げるまつの横で、雪は少し不安そうにしていた。

 小柄なからだのわりに大きな顔が愛らしい。

 雪を見る自分の胸が高鳴るのを聖羅は感じ、思わず疾風に声をかけていた。

「疾風、あの子知ってるか?」

 疾風は雪を見て微笑むと、

「ああ、あれは雪だ。――へぇ、雪も字を習うのか」

 と余裕の表情である。

 すると、和尚が振り返って早速三人を手招きした。

 聖羅は誰よりも早く飛んでゆき、その後に疾風と紫野が続く。

「雪は今日から仲間になる。紫野と聖羅は初めてじゃったな。雪じゃ。仲良くするのじゃぞ」

 無言で頷く紫野の横で、聖羅は雪の顔に釘付けだった。

 ――可愛い。

 今まで見たどの女の子よりも、聖羅は雪が可愛いと思った。

 広い顔の中で、眉も目も、鼻も口も、小さく控えめであり、耳だけが大きく張り出している。

 やっと雪が安心して「こんにちは」と言いつつ、にこりと三人に向かって笑った時、聖羅は頭のてっぺんから火を噴きそうなぐらい、(こう)じた。

 ――生まれてきて、よかった。

 そう思った。

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