第百十五話 河童の子分(二)
「そうだ、紫野。おまえが強すぎるからいけないんじゃ」
――だけど、おれは強くなりたい。
心のうちで、紫野は思う。
――強くなって、村を守るんだ。
「紫野、さあ、これを着ろ」
その声に、はっと、紫野は顔を上げた。
次郎吉が赤い着物を突き出している。
「また?」
紫野が情けなそうな顔をすると、次郎吉は怒ったように言った。
「俺が兄きだ。着ろと言ったら、着ろ」
しぶしぶと、紫野は赤い着物を上からはおり、腰紐をきゅっと結ぶ。
そこは茂作爺さんの小屋だった。
だった、というのは、去年爺さんは亡くなったからである。
今は近所の二、三世帯が、藁積み小屋として共同で使っていた。
その積み上げられた藁の間にむしろを敷いて、二人は向かい合って座る。
側には、村人が休憩するときに使う湯のみと鉄瓶が置いてあった。
あぐらをかいた次郎吉が、さっと湯のみを差し出し、
「酒」
と言う。すると、茜の赤い着物を着て正座をした紫野が、
「はい」
と言って、鉄瓶を傾けるのであった。
もちろん、中味はただの水――要するに、二人はままごとをしているのである。
ちゃっかり次郎吉は、家から団子まで持ってきていた。
「まんまだ。食え」
「ありがとうございます」
頭を下げて、紫野は団子をひとつ受け取った。
「うむ」
次郎吉は満足げである。
紫野は馬鹿馬鹿しいと思う。こんな暇があったら、疾風と剣の稽古をしていたかった。
だがつっぱねると、次郎吉は暴力を振るうのだ。
以前、腹を足で蹴られたときは気を失うかと思った。
それに、髪を引っ張られるのもかなわない。
「次郎吉さん、もっとお酒をいかがですか」
「うむ」
次郎吉は、無理に威厳を作ろうとしていた。
――俺は今、紫野のていしゅなんだ。こいつは俺の、にょうぼうだ。
目の前の紫野は、本当の女のように見える。
白い顔に切りそろえられた前髪がかかり、それが艶々と肩のあたりまでまっすぐに伸びている。
黒いまつげは長く、小さな赤い唇はふっくらとしていた。
それを間近で見る次郎吉の目は、しぜん、いきいきと輝きはじめている。
茜の着物が、なんと似合うことだろう。