第百十四話 河童の子分(一)
「紫野は俺の子分じゃ」
最近の次郎吉は、そう言ってやたらと紫野を独占したがる。
たいていは紫野を自分の後ろに従え、その手を握って離さない。
次郎吉は八歳。
体はそんなに大きくなかったが、気は体の倍以上に強かった。
両眉が濃く、吊り上っている。その下に小さな目がすすどく光っていた。
鼻の先は奇妙に上向きで、口が顔の真中に向かって尖っている――「河童」というのが彼のあだ名であった。
「おい、河童。子分の方が強いじゃないか。だらしないぞ」
だが、紫野と木刀試合をするたび伊吹たちにからかわれ、次郎吉はぐっとこぶしを握り締める。
「やめろ、伊吹」
それを止めるのは、必ず疾風の役目だ。
「おまえは紫野に勝てるのか?」
すると、皆何も言えずにすごすごと引き下がる。
実際、身の軽い紫野にまともに剣で勝てるのは、疾風や年長の藤吉、翔太くらいだった。
疾風は、からかわれた次郎吉が後で紫野に八つ当たりするのを避けるため、あえて次郎吉に味方してやるのだ。
伊吹たちが去った後、次郎吉はきっと紫野をにらみ、
「そうだ、紫野。おまえが強すぎるからいけないんじゃ」
と、変な理屈を言った。
「紫野、こい」
そして今日もまた、剣の稽古が終わると、次郎吉は紫野の手を取って駆けていった。
「おい、次郎吉」
次郎吉の兄、長吉が声をかけても戻らない。
「あいつ、何をしてるんだろう?」
ついに眉を寄せた。
と、疾風が、
「何をしてる、とはどういうことだ?」
長吉の腕をつかみ問う。
長吉がはっとしたように答えた。
「あいつ……姉ちゃんの着物をこっそり持ち出してやがるんだ」
「茜の着物を?」
茜は去年の秋から、町へ下働きに出ている。今、村にはいない。
長吉は親指の付け根あたりで鼻をこすりながら、言った。
「ああ。紫野と二人で、何か企んでるんじゃないか?」
「……」
もうとっくに二人の姿は疾風の視界から消えている。
疾風はしばらく迷ったが、結局後を追って駆け出していた。