表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/360

第百十一話 水車小屋にて(三)

 井蔵の頭が吹っ飛んだ。

「ま、待てっ、三十路男をからかうんじゃねぇ。なんで、いおりが……」

 そうは言いつつ、今更ながら、あばら家に来てあれこれと尽くしてくれたいおりの姿が目に浮かぶ。

 朝餉にと汁物を作ってくれたいおり、ためてしまった洗濯物を引き受けてくれたいおり、部屋に野花を飾ってくれたいおり……。

 そして井蔵は自分の着ているものに目をやった。

 それは数日前、疾風を通していおりが届けてくれた麻の着物だった。

 そのことに気がついて、井蔵の顔は火照った。

 ――いおりの思いに気づいていた気はする。だが、わしはもう三十六、いおりはまだ十九だ。……それにわしには、きぬがいる。

 もう死んでしまったきぬを、井蔵はまだ忘れてはいない。

 それでもたしかに、若いいおりの笑顔は、時々、井蔵の心を焼いたのだった。


 ついに井蔵はため息をついた。

「だからといって、どうにもなるめぇ……かえで、おめぇ、一体何を考えてる?」

 するとかえでは身を乗り出して、

「お願い、井蔵さん。いおり姉に会って。村の外でなら、父ちゃんたちに知られないですむでしょう?」

 ――何だって?

 今度こそ、井蔵は頭を殴られた気がした。

「かえで、おめぇ、いおりと一緒にわしをはめたのか?!」

 とたんにかえでは大仰にかぶりを振り、

「違う、姉ちゃんも知らないことよ。姉ちゃんが数日前、帰ってくるなりものすごく泣いて、井蔵さんの名を呼んでいたから」

 そして、

「姉ちゃん、『死にたい』って言ったの。だからあたし、何とかしていおり姉ちゃんと井蔵さんを……」

「それで、芸人に口車合わせてもらったってわけか。かえで、おめぇは……」

 やっぱり子供だな、そうあきれながら、それでもこの後のことを考えると冷静ではいられない井蔵である。

「いおりをここへ呼んで、どうするつもりだ?」

 三十路(みそじ)男の威厳をもって言ったつもりだったが、井蔵の動揺をかえではしっかり見抜いたようにくすっと笑い、

「逃げ出すなんて、だめよ」

 と先手を打った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ