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第十一話 村祭り(八)

 しのたちの目の前に、大きな炎が燃えていた。


 疾風は、ぽかんと口を開けて火に見入っているしのが、緩く手を握り返してくるのを感じていた。

「すげェーなぁ、兄貴。熱いのう」

「熱いのう」

 長吉たち兄弟も日ごろとは違う情景に興奮気味である。

 毎年同じ祭りを繰り返しても、やはりその都度凄いと思う。


 (やぐら)の中で勇壮に踊る火炎、巻き上がる火の粉、パチパチと木のはぜる音が迫力で幼い四人を圧倒する。

 作造が四人の後ろにやって来て、屈み込むと言った。

「こうやって火を燃やして村中の(けが)れを祓うんじゃ。火は、神仏のくださったありがたい贈り物じゃからな。悪いものを追い払ってしまうんじゃ」


 疾風はひとつ頷くと、その目を輝かせる。


 疾風は、燃え上がる炎を見るのが好きであった。

 その天へと上がる力は疾風自身にも力を与えてくれるようで、疾風はそれを見ながら、自分が炎の気と共に大きくなっていく様を想像していた。


 天へ。天へ。

 俺はきっと大きくなる。

 この火のように、燃え上がるように生きてやる。



 やがて和尚が進み出て経を読み始める頃、笛や太鼓の音はやんで、人々も火の回りに集まり始めた。


 大人たちが読経に手を合わせ頭を垂れる神妙な中、しのは和尚の朗々とした深い声に驚いたのか、さらに目を丸くしてその姿に見入っていた。

 疾風は屈みこむと、しのの顔の横で小声で話す。


「どうだ、すごいだろう? ミョウジは偉いんだぞ。これからミョウジと一緒に住めて、みんなしのをうらやましがるぞ。いいなぁ、しの」

「うん……?」

 やはりよくわからないしのは、首をかしげて曖昧に返事をする。

 やがて、

「あれ、なに?」

 太鼓がドンドンと鳴り出し、それに合わせて和尚が手にした木切れを次々と火に投げ入れ始めたのであった。


「あれはみんなの願い事だ」

 疾風の目にわくわくとした期待が溢れている。

「あれを燃やすと、願いが叶うんだ」

「ねがい?」

「そう。"おねがい"だ」

 疾風が両手をすり合わせ拝む格好をすると、しのはその意味を理解したようだった。

「はやてもお願い、した?」

 と聞き返す。



 疾風はきっと顔を引き締めると、少し照れたように言った。

「……したよ」

 しのの目が大きくなる。

「なんてした」

 疾風は小さく笑い、しのの顔を覗き込んだ。

 しのは真っ直ぐに疾風を見ている。その瞳の強さに、疾風は言葉には表せないものを感じると同時に、急にしのに聞いてもらいたい気持ちが沸き起こった。


「じゃあ、しのにだけ秘密を教えてやる。俺は……俺は、『父ちゃんのようになりたい』って願ったんだ」 



 その時疾風は、後ろに気配を感じて振り返る。


 茜だった。


「ごめんね、疾風……。許してくれる?」

 ぼそぼそとつぶやくように言う茜に、疾風は慌てて立ち上がり言葉を返す。

「う、うん。俺こそ、すまぬ」

 疾風とて喧嘩は本意ではなかった。正直、ほっとした気持ちがない訳ではない。


「あっ、姉ちゃん」

「姉ちゃん」

 長吉と次郎吉が茜に気付いて声を上げると、茜は「しっ!」と言ってそれを制し、

「前を向いてな。早く」

 と右手を振った。

 そう言われ、二人とも慌てて前を向いて見なかった振りをする。

 しのがまだ何か言いたそうに疾風の顔を見上げ、疾風はしのの手を軽く揺すった。

 

「……疾風」

 その時突然、疾風は空いた方の手に茜の指を感じてぎくりとした。すぐに茜がぎゅっと握り締めてくる。

「……」

 茜と手を繋ぎたい思いはなかったが、仲直りの後では振り払う気にもなれなかった。

 和尚の読経の間、疾風は汗ばんだ茜の手を仕方なしに握っていることにした。

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