第百八話 疾風の決意
「俺が、いおり姉を守ってみせる!」
そう言った時の、藤吉のあの顔。
目を団栗のようにして、藤吉こそ間抜け面した子供みたいだった。
そして次の瞬間、ぶーっと吹き出したのだ。
疾風はその時のことを思い出し、いっそう苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あのことって、何だ?」
風太が悪びれず追求すると、他の者も「うんうん」と首を振って疾風を囲み始めた。
もうすっかり、話を聞く態勢である。
紫野までが瞳を輝かせているのを見て、疾風は絶望した気分になった。
「翔太兄いとけんかでもしたのか?」
さすがに数馬は疾風の様子がおかしいと気づいたようであるが、もう誤魔化して切り抜ける余裕は疾風にはない。
「わかった、いおり姉だ!」
疾風の心臓がひっくり返った。
口をぱくぱくさせたまま声の方を見ると、はたして聖羅が、手に持った木刀を振りつつげらげら笑っている。
「いおり姉だろ。疾風、いおり姉に抱き締められたことを翔太兄いに言ったんだろ」
皆がいっせいに、また疾風を見た。
聖羅は変なところで勘がいい。
以前、疾風がちょっと得意げに「いおり姉が優しく抱き締めてくれるんだ」と言ったことを、今持ち出したのだ。
「いおり姉が、疾風を!」
皆が羨望の声をあげ、疾風は聖羅を恨めしそうに見る。
――このおしゃべりめ……。
だが、もう嘘を言っても仕方がない。疾風は降参した。
「ええと……いおり姉が俺と父ちゃんに着物を作ってくれたんだ。それを見た藤吉兄いが、いおり姉が嫁に行かないのは俺を待ってるからかも知れぬ、って翔太兄いに言ったらしいんだ」
「着物を?」
数馬はうらやましそうにそう言ったが、また聖羅が、
「でも親父さんにもだろ。だったら、いおり姉が好きなのは、親父さんかも知れないじゃないか」
まったく思いもかけぬことで、男の沽券に火がつくこともある。
周りから常にしっかりしていると誉められ、多少自分でもその気になっていたとしても、誰が疾風を責められよう。
結局彼は、自ら墓穴を掘った。
「そんなことはない! いおり姉はその時も俺を抱き締めてくれたんだ。それから俺にも『抱き締めて』って言った、それからそれから――」
皆、ぽかんとして疾風を見ていた。
数馬や伊吹や風太の、あっけにとられた顔。
聖羅は木刀を振り回すのをやめて、固唾を飲んでいる。
紫野の大きな黒い瞳は、ただまっすぐに疾風を見ていた――。
疾風は自分を呪いたくなった。が、後の言葉をぐっと飲み込みついに心を決めた。
皆の顔をぐるりと見渡す。
そして、
「俺はいおり姉を守る」
と、言いきった。