第百五話 小さな決闘(二)
皆、翔太と疾風の討ち合いに見入っていた。
攻撃は一方的に翔太が仕掛ける側であったが、疾風はくるくると身軽にかわし、皆その動きに合わせて顔を動かしていた。
あっ、という間に疾風が木に登り姿を消した時は、皆唖然と口を開け、聖羅と紫野はそれが可笑しくて二人で目を合わせて笑った。
「ええい、ずるいぞ、疾風! 逃げ回るばかりではないか! 木なぞに登って何とする!?」
ついに堪忍袋の尾が切れて、翔太が叫んだ。
大きな丸顔から湯気が立っている。
対照的に疾風は、葉陰で涼しい顔をしたまま「にっ」と笑い、
「では、行くぞ!」
と叫んだかと思うと、ザッ! と木から滑り降りた。
そして、すとんと翔太の肩の上にまたがると、木刀を相手の首に回し自分に引き付けた。
「いてててててっ……!」
疾風がぐいっと体をそらすと、翔太は疾風を乗せたまま、たまらず後ろへひっくり返った。
ここは武士の道場ではない。
正当に討ち合うよりも、勝てばよいのだ。
かれらが剣を習うのは、盗賊などから村を守るためであったから。
「疾風の勝ちだっ!」
そう叫んで聖羅が飛び出す。
紫野も続いた。
数馬が愉快そうに、「さすが疾風だ」と言った。
伊吹と風太の二人もはしゃいでいる。
かれらはまだ十二歳から十四歳という年頃なので、しぜん翔太よりも疾風びいきになるのは仕方なかっただろう。
疾風はすばやく身を起こすと、翔太に向かって手を差し出し、
「すまぬ。痛かったか?」
と聞いた。
「痛くなぞ、ない」
いつもなら疾風に負かされても笑っている翔太も、今日は笑うことなく立ち上がり、ふてくされたように去っていった。
その後ろ姿を見送る疾風は、大きくため息をつかずにはいられない。
「なんだか今日の翔太兄いはおかしかったな」
数馬が首をかしげ皆の顔を見回す側で、憂鬱な顔の疾風が、
「あのこと、だ」
とつぶやいた。
「あのこと?」
聖羅がけげんそうな顔をする。
あっと疾風は向き直り、眉間にしわを寄せた。
「……何でもない」
ずらりと並んだ顔。
皆疾風を見ている。
どうやらそれで引き下がりそうにもない。