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第百四話 小さな決闘(一)

親父(おやじ)さん、どこへ行ったんだ?」

 剣の稽古が一段落した時、聖羅が疾風に聞いた。

 ここは疾風の家から少し離れた剣術の稽古場となっている広っぱだ。

 皆めいめいに木の根元などにすわって、つかの間休息している。

 さらに聖羅は頭をめぐらせ、「藤吉兄いもいないぞ」と言った。

「都へ行ったんだ」

 疾風がそう答えた瞬間、聖羅はもちろん、紫野までがほぉぉ、と声をあげた。

 二人とも、都はきらきらしいものだと思っている。

 聖羅の婆が、昔語りをしたからだ。

 だが疾風は本当のことを井蔵から聞き知っている。

 京の都がいまや少しも典雅でないことを――百姓は飢え、武士が闊歩し、貴族は貧困にあえいでいることを、知っていたのだ。

「いいな、藤吉兄い……俺ももっと大人だったらな」

 ぼそりと聖羅が言う。

 紫野は何も言わないが、瞳に期待がはっきりとあらわれている。

 その頬が紅潮しているのを見て、疾風はなんだか後ろめたくなった。

「いつか、行けるさ。さぁ、聖羅。今度は数馬に相手してもらえ。紫野は俺とやろう」


 すると聖羅は、木刀を手に取るとぴょんと飛び上がり、

「おう、数馬か。負けないぞ!」

 と、さっさと走っていった。

 駆けながら数馬の名を大声で呼んでいる。

 疾風は紫野と顔を見合わせると笑い、

「あいつ、ほんとに好きなんだな。もう都の話は忘れてやがる」

 紫野も木刀を握った。

「聖羅は誰よりも強くなりたいんだ。疾風よりも」

「俺よりも?」

「うん。……俺も疾風に勝ちたいけど」

 実際この連中の中で、疾風は一番強かった。

 もちろん木刀試合でのことなので、まだ十歳の疾風は力では二十歳も過ぎた大人の藤吉や翔太に敵うはずもなかったが、刀の使い方と身の機敏さだけは誰よりも勝っていた。

 さらにずば抜けて頭がいい。

 判断が早く、しかも的確なことは井蔵も舌を巻いた。

 井蔵が教えた以上に風や地形もよく読み、追い風、高いこずえ、大きな岩は、すべてまだ体の小さいおのれに有利な武器とすることを知っていたのだ。


 疾風は頭をかいた。

「まいったな。二人とも、そんな風に思っていたなんて。こりゃ、うかうかしてられないぞ」

「よし、じゃ、やろう!」

 紫野の笑顔に引っ張られるように、疾風も立ち上がった。

 その時。

「疾風。俺の相手をしてもらおうか」

 翔太だった。

 疾風と紫野は同時にその顔を見上げたが、なぜか翔太の表情は怒っているように険しい。

「いいけど……でも」

 不安そうに紫野を見たが、紫野は興味深げに翔太から視線をはずさなかった。

 二十歳の翔太は、がっちりしたいい体格をしている。なかなか力が強い。

 背こそ高くはないが、子供の疾風と並べば、やはり違いは瞭然である。

「さあ、勝負しろ」

 そう言って木刀を構える翔太の前で、疾風も気持ちを一瞬で集中させるとしなやかに構えた。

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