第百三話 かえでの駆け落ち
その頃、村ではある問題が起こっていた。
別嬪三姉妹といわれている源平太の次女・かえでが、神隠しにあったというのだ。
だがどうやら、京から来た芸人と駆け落ちしたというのが事実らしく、孫平と源平太は内密に、井蔵に二人を追って欲しいと頼み込んだ。
「どうか頼まぁ、井蔵どん。どうあっても、かえでを連れ戻っておくれ。かえでは、あの薄汚い芸人にだまされてやがるんだ」
「そうかね。まあ捜してはみるが」
昔からこの祖父と父が、三姉妹を武士か身持ちのいい町人に嫁がせたいと思ってきたことを、井蔵は知っていた。
そして、それに勝気なかえでが反発していたことも。
「あたしは百姓でもいい、本当に好きな人と一緒になるんだ」
「へぇ、じゃ、おまえの好きな人って、誰だ?」
「ふん……だ。翔太さんになぞ言うものか」
「そうだ、翔太はいおりにぞっこんだからな。おい、かえで。なら俺に教えてくれ」
「ばーか、二人とも。今はいないよ。そら、これ食いな」
そう言ってかえでは、藤吉の口に団子を無理矢理押し込む。
「わっ、よせっ……ぐふ……」
かえではよく、広原で井蔵の教えのもと、村の若い男たちが剣の稽古をしているのを見に来ていた。
そしてそれが終わる頃、手作りの団子などを差し入れ、皆と軽口を叩き合うのだ。
村の「別嬪三姉妹」といわれるかえでが、こうやって都度都度訪れては楽しそうに言葉を交わしてくれるおかげで、彼らはみな大いに士気を高めていた。
姉のいおりは、花にたとえれば白百合である。
凛として、だがその香りは強く、どこか男を誘っている姿態である。
えくぼのある、ふっくらとした笑顔にまいらない男はいないし、何より男たちが望むのは、その柔らかそうな肌に埋もれてみたいということであった。
ところがかえでは、いおりとは違って肉感的な魅力はない。
どちらかというと細身で、さすがに「自分も剣を習う」とまでは言い出さなかったが、きびきびとした態度や歯に衣着せぬ物言いは、まるで少年のようだ。
「おめぇは、活きのいい鮎じゃ。はねっかえりだしのう」
井蔵がそう言って笑うと、かえでは思い切り膨れっ面をした。
「親父さんの、意地悪。魚にたとえるなんてあんまりだ」
それでも、今を盛りと咲く花には違いない。
かえでのいる場所は、それだけで光が射しているようだった。
その、はねっかえりのかえでが男と駆け落ちをしたという。
井蔵も、一緒に捜す男たちも信じられないというのが本音だ。
――いつの間に"おんな"になっていたんじゃ。
その井蔵の思いを読んだかのように、藤吉がぽつりと言う。
「あいつ、もう十六だったな」
わずかに歪めた顔からは、藤吉のかえでに対する秘めた思いが伝わり、井蔵は思わず彼の背を軽く叩いた。
「そら、行くぞ。京への道をたどるんだ」
こうして井蔵は、市べぇという力自慢の男と藤吉をしたがえて草路村を発った。