第百一話 雪の香
智立がすべての僧たちに理由も告げず「破門」を言い渡した時、皆は納得ができずどよめいた。
だがほとんどの大人の僧侶は、すでに天礼から「丞蝉が魔道に堕ち、老師の怒りを買った」と聞き及んでいた上、その天礼が昨夜何者かに両目を潰されたということを寺男から知らされるに到り、「おそらく丞蝉がらみの理由に違いない」と思うようになっていた。
智立の決然とした態度を見るにつけ、師の決意をゆるがすことは不可能だと皆おとなしくそれを受け入れたが、ただ一人天礼だけは真っ赤になってわめきたてた。
「それは筋違いである。師は誤っておられる。なぜわれらまでもが破門されねばならぬのか」
そして部屋まで見舞いにきた智立に向かい、泣きながら、
「師よ、私は丞蝉がためこのように盲目になったのです。今破門され、どのように生きてゆけと申されるのですか。あんまりではございませぬか」
と訴える。
だが智立の決心は揺るぐ様子もなかった。
ただ、深い哀れみを示し、
「ここを出て行けとは言わぬ。寺男を一人残すゆえ、世話をさせるがよかろう」
と言い残し、部屋を出て行った。
天礼の疑問はもっともであった。
魔道に堕ちた丞蝉の処置は当然としても、なぜ寺まで潰す必要があるのか。
ほかの僧侶たちも、皆そう談じ合った。
――自分は今から魔を退治する旅に出る。大導師の犯した罪を明かすことなく。
それが智立老師の本音である。
大導師その人の導いた教えそのものを、もはや引き継ぐわけにはいかない。
この寺は間違った思想の上に建ってしまったのだ。できるなら、焼き払うのがもっともであろう。
脳裏に、焼け落ちる廃寺が浮かび、ふいに智立は思った。
――丞蝉ともう一度、対決せねばならぬかも知れぬな。
――智立よ……。
その時、丞蝉の声が聞こえたような気がし、智立は思わず網代傘を上げた。
だが未明の空気は冷たく静まり返って、あたりに生き物の気配はない。
背後には僧堂が黒々と伸び、僧侶たちはまだあの中で眠っているのだ。
手にした錫杖がかすかに音をたてて、旅立ちの思いをうながしたようである。
智立は足を踏み出した。――と。
「老師」
涼やかな声の主――振り返らずとも、それが高香であることは知れた。
「老師」
再び届いた万感の思いがこもったその声に、智立は背を向けたまま、ただ頷いた。
そして寂然と広がる闇のなかに冬の匂いを嗅ぎ取ると、
「もうじき、雪が降るのう」
その一言を残し、門を出た。