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第百話 大日輪

 空は一片の雲もなくすがすがしく晴れ渡っている。 

 昨夜の怪異が嘘のような気持ちで、高香は空を見上げていた。

 しかし、「何という恐ろしいことになったのであろうか」という思いは消し去ることが出来ない。

 兄弟子のあの堕落した姿を思い返すにつけ、高香は智立の心を思い胸が詰まった。


 一方智立もまた、この抜けるような空を見やり、山根勝之進の言った言葉を思い返していた。

 ――この世のものとは思われぬ怪光と怪音が北西の空から走り、それは城の天守に吸い込まれるように消え申した。

 ――あれは、鬼でございます。鬼の仕業に相違ございませぬ。


 そして丞蝉の言葉が浮かぶ。

 ――あの寺は悪鬼の巣であった。やつらはあの寺に呪縛されていたが、最初からいたわけではない。皆法臨坊に呼び出されたのだ。


「何ということじゃ……」

 智立老師の目から、つうと流れ出るものが指を濡らす。

 今まで、法臨坊大導師の御心を無垢に信じきっていた己の心が砕け散ったようであった。

 その胸の痛みをこらえながら、今またその右手に持っていた書を広げてみる。


『陰陽伝』。


 この秘伝のため、大導師は鬼を呼んだというのか。そしてそれらは、丞蝉によって地上に解き放たれたというのか。

「わしの責任じゃ」

 智立は無念に唇を噛むと、ついにあることを決心した。



 その日の夕焼けは、それは見事であった。

 大日輪の(ほむら)が山の上に広がる空を朱に焦がし、あたかも今日という日の名残を惜しみつつも、明日に向かう力強い気を放っている。

 その気は智立と高香のたたずむ境内の廊下までさしこみ、二人は互いに黙ったまま、金色(こんじき)の光に包まれる心地好さのうちに、刹那、禍々しい現世を忘れ得たかの如く時間をすごしていた。

 と、突然智立が振り返り、目を細めて、陽光と同じ色に髪を染め上げている高香を見た。

「ではな、高香。達者で暮らせ」

 そう言って微笑み、また顔を夕日のほうへ戻した。

 まだしばらくは、そうしているのだろう。

 高香は「は」と頭を下げ、静かに廊下を立ち去った。


 師は明日の未明、誰とも会わずに発つ。

 高香は、智立が「丞蝉の魔を見抜けなかったは己の不徳」と嘆いた先刻、しかし師の旅立つ理由はそればかりではないと感じていた。

 ――だがそれを尋ねても、師は何も言われまい。それに。

 振り向いた高香の目に、いま沈みゆく大日輪が映った。

  ――そう。今度こそ。

 今度こそ、高香にとっても真に独立せねばならぬ時であった。

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