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第十話 村祭り(七)

 作造は踊る人々の輪の向こう側に、大鍋をかき混ぜながら四、五人の大人に混ざって(かゆ)を配っている恵心を見つけ、近寄っていった。

「おう、恵心。頑張っとるようじゃな。感心、感心」

「作造さん」

 小坊主は、年に似合わぬつんとした表情で言った。

「和尚様も一緒ですか? よかったら粥を食べていってください」

「和尚様は、護摩焚(ごまた)きの準備にいかれたわい。ほお、ぜんまい粥か。では一杯いただこうかの」

 恵心は頷いて木の椀に粥を入れると、相変わらずの仏頂面を崩さず「どうぞ」と差し出した。

「朝から炊き出しご苦労さんじゃったのう。ふむ、なかなか美味しいぞい」


 恵心は本当に無愛想な子供だった。

 にこりともせず、「よかったです。お口に合って」とだけ言う。

 本当のところ、恵心が粥作りを手伝ったわけではないのだ。

 恵心はしのの面倒を押し付けられそうになったので、早めに寺を抜け出し、適当な時間が来るまで野原をぶらぶらとしていただけなのである。


 そんなことは知らない作造でも、恵心の仏頂面を見ているとつい意地悪を言ってやりたくなり、

「おい、恵心。おまえの部屋を(ねずみ)が走っておったぞ。大きな太ったやつじゃったぞ」

 と声を凄ませた。

 すると急に恵心は柄杓(ひしゃく)を持っていた手をぶるぶると震わせ真っ青になった。

「さっ、作造さん! それで、それで……退治してくれたんでしょうね?!」

 作造は、してやったりと涼しい顔で粥をすすり続ける。

「退治しようがないわい。あっという間に壁の穴から逃げていきおった」

 とたんに意気消沈し、恵心は後ろへ下がると座り込んでしまった。

 帰って部屋で寝るのが怖くなったに違いない。

(ちょっと脅かしすぎたかの)

 内心でそう思いながらも、作造はずずっと粥をすすった。


「作造さん、こんばんは。いい祭りになりましたね」

 思わず作造は粥をすするのをやめ、声のした方を振り向いた。

 そこには、良平とまつの姿があった。

「和尚様はお元気ですか?」


 二人は小流村(こながれむら)という、草路村以上に小さくて山奥の村から移ってきたばかりの若夫婦で、二人の仲睦まじさは静かな評判になっていた。

 今も二人はぴったりと寄り添い、時々瞳を交わしてはにっこりと笑い合う。

 二人が別々にいる姿は珍しかった。今夜もこうして一緒に粥を配っているのだ。


「おお、こりゃ良平どんにまつさん。和尚様はお元気じゃ。そうだの、ま、これぐらい賑やかな方が神仏もお喜びだろうて」

 まつはえくぼのある頬をにっこりと微笑ませ、「ほんにのう」と頷き、良平も同意するようにまつに寄り添うと腰にそっと手を回す。

 それを横目で見ながら残りの粥を一気に流し込み、作造は言った。

「ところで雪ちゃんはどうしたね、祭りには来とらんのか?」

 雪というのは二人の二歳になる娘だ。

 またまつがえくぼを見せ、ほほ、と笑う。

「雪はお(たま)ちゃんが見てくれてるのよ。いつも可愛がってくれるから、つい甘えてしまって」

「お珠ちゃんはええ子だな。四つでもしっかりしとる」

 良平も口をそろえてお珠を褒めた。

 その時、

「おとうちゃん」

 作造は声を上げた主を見、「噂をすれば影じゃ」と舌を出した。


 まだ足元がおぼつかない、赤い着物に身を包んだ愛らしい雪の姿と、雪よりはずっとお姉さんらしく映る黄色の花柄の着物をまとった珠手が、手に提灯を持って走り寄ってくるのが目に入る。

 二人とも可愛い盛りには違いなかった。

「おお、お珠ちゃん、すまんなぁ」

「ううん」

 珠手(たまて)は頬を紅潮させ、雪の髪を撫でる。

「雪ちゃん、いい子だもん。可愛いし、珠、雪ちゃんのお姉さんだもん」

 作造は考えた。

 珠手の家は草路村でも大きい方で、珠手の他には男ばかり兄弟が四人。

(皆珠手の兄じゃからのう、珠手も下の妹が欲しいんじゃろう)

「はい、雪ちゃん。お食べ」

 珠手はまつがよそってくれた粥の椀を雪に渡す。

「こぼさないのよ。ちょっと熱いからね」

「このまま仲よく育ってくれればええのう」

 作造は思わずそう言葉にしたが、まだため息をついて座り込んでいる恵心をちらりと見、恵心がしのと仲よくやれる望みは到底なさそうだと、その時不幸にも直感してしまったのだった。

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