表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/360

第一話 出会い(一)

 天文二年(一五三三年)。


 空はどんよりと曇っていた。

 (だいだい)色の柿の実が、強い風にあおられて枝葉ごとざわりと(なび)く。


 今、妙心寺の門前に一人の女が幼子を連れて訪れ、和尚と何やら掛け合っていた。

 女は、しかし、まくし立てるだけまくし立て、幼子の手を強引に和尚に預けると、あとは後ろを振り向きもせず足早に坂道を駆け下りていく。

 一応女を呼んではみるが、早々にあきらめた様子でため息をつき、和尚は肩を落として残された幼子を見た。

 愛らしい表情をした幼子はまだ三歳くらいで、ただ指をくわえて不安そうに自分を見上げている。

 和尚は首を横に振ると、幼子の手を優しく取り、一緒に寺の中へと入っていった。



 その寺、妙心(みょうしん)寺は草路(くさじ)村にあり、村の中心からは曲がりくねった山道を上がっていった高台に位置していた。

 寺の裏山にある一本杉のふもとからは、村の様子がよく見渡せる。

 草路村は山里の小さな村であったが、人々は団結し、質素ながらも平和な暮らしを営んでいた。

 寺の住職、妙心和尚は(ふところ)の大きな人物で、村長のいない草路村では特に村人たちからの信頼も厚く、「ミョウジ」と呼ばれ親しまれているのである。

 今年五十歳、仏一筋に仕えてきた身なれば、妻子を持ったこともない。

 それが今、和尚はまったく思いもかけぬことに、自分とは無縁と思っていた幼子の面倒を託されたのだ。

 草庵の広い板の間の一室で、和尚は幼子と向かい合って座りながら、ともかくもこの運命を引き受けるしかなさそうだと悟った。


「どうだ? 腹は空いておるか?」

 はじかれたように幼子はかぶりを振る。しかし次の瞬間、その小さな腹がぐぅと鳴った。

 和尚は相好(そうこう)を崩し、

「ほほう、どうやらおまえの腹は正直なようじゃな」

 と言い、立ち上がる。

「ちょっと待っていなさい」

 そして廊下に向かって声をかけた。

作造(さくぞう)、ちょっと来てくれ」


 即座に「へい」と声がして中年配の前かがみの小男が姿を見せ、幼子を見るなり目を丸くした。

「和尚様、こっ、この子は……さっきの女が連れていた子ではありませんかの?」

 女を和尚に取り次いだのは他ならぬ寺男の作造である。

 作造の頭に、先ほどの女の尋常ならぬ様子が甦った。

 女は妙心寺の木戸を激しく叩き、作造が何事かと慌てて応対に出ると、いきなり切羽詰ったように「和尚様に取り次いでくれ」と言い放ったのだ。

 用件を尋ねても、ただそれのみを繰り返すだけであった。


 ――まさか、子を置いてゆこうとは。


 和尚は小声で言った。

「何やら訳ありでな……この子はこの寺で暮らすことになった。とにかく、何か食べるものを用意してやってくれぬか」

 曖昧に返事をしつつ、作造はもう一度幼子を見た。

 すると、きょとんとした顔をして、幼子もまた作造を見ている。

 着ている衣服はそこら辺の子供が着ている粗末なものと変わりなかったが、幼子のやけに白い肌の色と大きな黒い瞳は印象的だった。

 おかっぱに切りそろえられた髪、ふっくらとした頬。

 一目で可愛がられていたことが見て取れ、作造にはこの子がここに置き去りにされた理由がさっぱりわからない。

 が、ともかくも飯場へ向かい、何か食べ物を見繕うことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ