悲しむ君と泣くことが、
いつも、僕は不安だった。
人に必要とされているのか、されていないのか。
必要とされていないことは、知っているのに、信じるから。
人を信じてしまうから。
身近な誰かに裏切られるたびに、心が崩れていく。
がらがらと、音を立てながら壊れていくそれは、いつの日か誓った勇気だったのに。
握りしめた両手を広げて、誰かに救いを求めすぎていたのか。
だから、決意がぐらぐら揺れるようになって、倒れて、崩れて。
助けて。
大声で叫ぶ勇気さえ、もう何処かに消えていった。
泣きたいとどんなに強く願っても神様はどうしても許してくれなかった。
胸が錆びてしまう
雨も降らなくなった。
喉がからからで、瞳もからから。
「好きだよ」
なんで、そんな言葉を言うのだろう。
あんなに酷いことを僕は君に言ったのに。
ジレンマをどこにぶつければいいのか、どこにしまえばいいのか、
が分からなくなるたびにリスカを繰り返していた僕に。
包帯の巻き方さえしらず、消毒の方法は舌から溢れる唾液を絡ませることとしか知らず。
だから、傷は膿んでいった。
心と一緒に、治ることはなく、時間の渦にぐるぐると巻き込まれていく。
左手首の傷は消えない。
でも心の傷は癒えてくれるのだろうか。
君は僕になにも言わなかった。
出会って一度も。
話しかけることもなく、一言も言葉を交わすこともなく、行ってしまった。
君の僕への想いは知っていたのに、気づかないようにして、興味をもたなかったのは僕だ。
そんな
好きとか、きらいとか。
よく解らなかったし、理解しようともしなかった。
むしろ、君が嫌いだった。
必死になって僕の事を知ろうとしていた君が。
でもどんなに君が僕を想っていたとしても、すでに傷は膿んでいたからさ。
神経が麻痺して痛みが伝わらないほどに、ぐちゅぐちゅして、黄色い液を出して。
汚い心は見えないけれど、こんなにも汚い傷口は、こうして目に映るんだ。
こんなにも気分が悪くなるような、膿んだ傷を見て、ゆっくりと目を閉じ、
君は僕に言った。
「気づいてあげられなくて、ごめんね。」
そして傷口に口付けた。
膿んでいる手首の傷口から口唇を離すと、唾液が糸を引いていた。
それなのに、それを気にせず君は僕を見た。
そして、何も言わずに僕を抱きしめた。
まるで僕の化膿しきった心の傷痕にまで、そっと手で優しく包むように。
愛おしそうに、愛おしそうに。
ごめんね、心には触れる事ができないからと、でも言うように、
力をこめて抱きしめていた。
あったかくて。
なんでか、体温がこんなに温かくて。
僕を抱きしめながら、君は震え、泣いているようだったけれど、
でも、それは違っていた。
彼女に強く抱きしめられて、震えていたのは僕だった。
何も見ることができない暗闇の中で、三つの規則的な音だけが聞こえる。
一つは、部屋の時計の音。カチ、カチ、カチ・・・・・
一つは、僕の心臓の音。トクッ、トクッ、トクッ、トクッ、 、
一つは、君の心臓の音。 トク、トク、トク、 、 、
水の奥底に沈んでいくみたいに、僕は下へ、下へ、と、ずぶずぶ沈んでいくようだった。
冷たい床とあたたかい体温。
君の存在。
それが僕を少しだけ、癒してくれた。
まるで、この世界で生きていてもいいよと呟くように、僕に、囁くように。
好きだとか。愛してるとか。
ほんとうに、どうでもよかった。
外見でしか見られていないのなら。
人の中身を知っていく過程の中で、不用意に、
他人の中の化膿した傷を見つけてしまった時、唾を吐き捨てるような人しかいないなら。
他人の中の化膿した傷を見つけてしまった時、偽善の愛で愛してくれる人しかいないなら。
「 人っていうのは自分が愛されるために、愛そうとしているだけだ 」と。
僕は世の中のすべてを理解しきったふりをして、こんな歩道をゆっくりと歩いていた。
人とすれ違いながら、時に重なりながらも、突き放されて、突き放して、
流れに身をゆだねて。
こんな異様なほどに眩しすぎる世界を必死で走ってつまずいて、すり傷だらけの膝を抱えた僕。
こんな異様なほどに眩しすぎる世界で折れた両手を震わせながら、輝く夕陽の空へ伸ばした君。
僕は君に抱きしめられている間、ずっと訳の分からない事ばかりを考えていた。
そして、さっき君が口づけてくれた左手首を見た。
何度も治りかけを襲われ、そのたびに深く切り刻まれた傷口たちも僕を見ていた。
傷口に残る、刃物の錆と、僕の血の朱色が混ざった痕は何度見ても汚いし、
気色が悪いものに変わりはなかった。
それなのになぜ、
君は、この傷までを愛そうとしてくれているんだろう。
こんなにまで腐りきった僕を。
君の体温を感じて、僕の凍り付いていた心がゆっくりと溶けていく。
ゆっくり目を閉じてみると、自然と涙が零れていた。
淡水が目から溢れて、傷を溶かす。
君の手のひらに僕の頬からつたった涙が降る。
雨だ。
僕は君を強く抱きしめて、雨がやむことを待った。