お見舞いへ行こう
夏だ! 休みだ! うっひょーーいい!!
*
「おかーさん、夏休みー!」
「カリン……成績はどうだったの?」
母はカリンのただいまの代わりのおかしな挨拶に呆れている。
「うひょっ! ひょっひょっひょ! 5番でしたよ!」
花も恥じらう乙女としては聊かアレな笑い声を上げながら成績表をヒラヒラさせて、母に成績表を渡すカリン。
「頑張ったわね、カリン。それにしても、水原さんのおかげね。お見舞い行ってらっしゃい」
「え!? 先生風邪引いたの?」
「毎年、夏になると体調崩すらしいわ」
「ふうん。この時期に風邪をひきましたか……。ふっ……はっはっはっは! 夏風邪はバカしかひかないって言うのに。けっけっけっけ……楽しい夏休みに風邪ひくとは、バカぷぅーめ!」
「こら、止めなさい!」
「だって、夏風邪ひくのってバカって言うじゃん」
「夏バテみたいよ? お礼がてらにお見舞いに行ってらっしゃい」
「ええ!? ヤダよ! メンドくさい!」
「先生のお陰で成績上がったんでしょう? 良いからお見舞いに行ってらっしゃい」
「えぇ~。だって先生の家知らないもん」
「住所教えるから、これでお見舞い買っていきなさい。お釣りはお小遣いにして良いわよ」
母親は溜息を吐きながら諭吉サマを一枚出した。成績が上がったカリンのご褒美込みである。高校生にもなってご褒美も何もあったものではないと思うのだが……。
「お母さん、あたし、お見舞い行ってくる! 行ってきます!」
***
タツキの家の近くの『黒光り商店街』でお見舞いを物色しているカリンは、「500円まで」と鼻歌混じりで歌いながらご機嫌だ。そんなカリンに声を掛ける人物がいた。
「カリン?」
「あ、ミズキちゃん!」
「何やってるの?こんなところで」
「お使いたのまれちゃってねぇ」
そう言いながら薬局の店頭に置いてあるものに手を伸ばすカリン。
「こんなところでお使いって……え? そんなの頼まれたの?」
ミズキはカリンが手に持った商品に胡乱な眼差しを向けた。
「うん! 500円以内が理想だけど、妥協して980円ってことですよ!」
「……ふーん?」
全く意味は分からないが、カリンだからねぇ、と適当に納得して相槌を打つミズキちゃん。そしてカリンはそんなミズキの連れに目敏く視線を向けた。
「ミズキちゃん彼氏と一緒なのに邪魔してゴメン! 今度遊ぼうねぇ!」
「うん。じゃぁメールするわ」
「おう、望むところよ! コノ発展家さんめ!」
ミズキが彼氏と立ち去るのを温かい目で見守るカリンは奥手の割りに古い言葉を知っている。
***
『コンニチハー。飯田ですー』
カリンが水原邸に着くと、あらかじめ連絡を受けていた江島がすぐに迎えに出た。
「わざわざ、ありがとうございます」
「先生は大丈夫でしょうか?」
「ええ。大分熱も下がりましたから」
「なんで、この時期に風邪なんてひいちゃったんですか? (ばかぷぅだから?)」
「ここの所仕事で帰りが遅かったもので……疲れが溜まっていたんでしょうねぇ」
「そっか! あ、コレお見舞いの健康ドリンクです。先生に渡してください」
「え? 博士にお会いしなくて宜しいですか?」
「いえ! 病人に気を遣わせたくありませんから」
カリンは何となくタツキの家に入りたくないのだ。あのタツキの家である、何かキケンなモノがあるに違いない。好奇心で家に入ったら無事に出られる保証などないのだ。
「そんなことおっしゃらずに、是非顔を見せて差し上げて下さい」
だが、江島はどこか狼狽えたような顔で粘ってきた。
「いえいえ、ゆっくり休んでもらわないと!」
「いえ! 是非上がって下さい! そうしないと私が怒られますから」
江島の鬼気迫る中に怯えを見せる様子にカリンはタダならぬ物を感じた。変なところで変な気を回すカリンは得なのか損なのかよく分からない性格だ。
「そ、それは、マズイですね……じゃぁ、ちょっとだけ?」
***
――コンコン
――コンコン――コンコン
寝ているタツキの耳に断続的にコンコンと音が入ってくる。その音は次第に大きくなっていき――
――ドンドンドンドン!
「うるさ「タノモーーーー!!」
半ばヤケッパチのカリンが入ってくるとタツキは脱力した。
「ああ……カリンか」
「オミマイにキマシタヨ?」
挙動不審のカリンがおそるそる入るとダルそうに寝ているタツキが目に入った。熱が下がったとは言えまだ調子が悪そうだ。
「スミマセン。具合悪いところお邪魔しちゃって。コレ、お見舞いです」
「ああ……ありがとう……」
「顔も見たし、そろそろお暇しますね」
気もそぞろなカリンは小さなテーブルにお見舞いの健康ドリンクを置くと、そそくさとドアへ向かって行った。
「え? ……もう少し、いてよ」
(おや? なんか、心なしか今日は弱気? しょうがないバカぷぅですねぇ。こんな、調子悪い先生見れるなんて………………来てヨカッターー!!)
「はい。じゃあ、コレ飲んで元気になって下さい!」
カリンはお見舞いの健康ドリンクの蓋を開けて手渡して、不味そうな顔をして飲んでから再び布団へ潜り込むタツキを見守った。
下がったとは言えまだ熱のある顔には赤味が差して苦しそうな寝息が聞こえてくるタツキに、先ほどバカぷぅと(内心で)言ったことを後悔した。
(黙ってると可愛いなぁ……まつげフサフサで女の子みたい。お母さん似なのかなぁ。お母さん見てみたいなぁ……)
「そういえば、先生のお母さんは今日はどちらにいるんですか?」
カリンが何気なく尋ねると、江島が気まずそうな顔をした。
「博士が2歳くらいの夏に突然いなくなったと聞いてますが、私も事情は詳しく知らないので……」
「え? ……そんな小さい子、捨てて出て行っちゃったんですか……?」
ヒドイなぁ、と言いながら普段の強気なタツキを忘れて同情してしまうカリン。
「こういう時はお母さんに看てもらいたいだろうなぁ……」
ぼそっと呟くと、それに答えるように苦しそうな呻り声が聞こえた。
「うぅ……ん……お母、さん……」
何だかんだ言っても12才。まだまだ母親が恋しい年頃だろう。カリンは気が付くとタツキの熱っぽい頭を優しく撫でていた。
「大丈夫ですよ。すぐに元気になれますからねぇ」
「お、母さん……?」
「……そうですよ?」
「お母さん……お母さぁん……」
(なんか……可愛いんじゃね? コレ……可愛いんじゃね?)
「お母さん……ギュってして……一緒に寝てて……?」
(ああ、今目の前で熱に浮かされているのはいつもの大人びた余裕のある先生ではなく、母を求めるただの子供だわ。ずっと心のどこかで母の愛情を求めていたのよ……そうよ! そうに違いないわ!)
甘えた声を出してぎゅうっと抱き付いてくるタツキにカリンは何かの本能が刺激されてしまった。
「よしよし……タツキ君、良い子だねぇ」
必死でしがみ付いてくるタツキが不憫で切なくてぎゅうっと抱きしめ添い寝をして頭をポンポンと撫でてあやすカリン。
「大丈夫ですよ、すぐに治るからね」
「お、母さ……」
「ん……寝たのかな? やっぱり子供なんだねぇ。バカぷぅなんて言って(心の中で)ゴメンね」
目を細め寝付いた少年の顔を見詰めると、寝ているタツキの目が半開きで光っている。
「そうだねぇ、病気になると目も光るもんねぇ…………ん? あれ? 病人って目ぇ光るんだっけ?」
おそるそるタツキを見るとギランと光る眼はいつもより禍々しい気を発している。
「かかったな! バカめ!」
「ぬおおぉぉぉ! 小芝居長かったからすっかりダマされたわ!」
「ノコノコと僕のベッドに入ってくるとは覚悟は出来てるんだろうな!?」
「たーすけてー! 江島さーん!!」
だが、江島は小芝居が始まったときに部屋から出ていた。
「誰がバカぷぅだと?」
「ワタクシが! 寧ろわたくしメがばかぷぅです!」
「そうだよなぁ、カリンはバカぷぅだよなぁ」
「のわぁぁぁぁ……先生いつもより目が怖いんですが?」
「さっき何飲ませた?」
「げ、元気になる健康ドリンクですよ? 早く良くなるように?」
お見舞いの定番、花やフルーツは高いからケチったカリンは誤魔化すように首を傾げている。タツキはカリンに馬乗りになったまま健康ドリンクの瓶を手に取った。
「…………何が健康ドリンクだー!」
夜のお供、赤マムシスッポンドリンクを与えたため野獣化した。
「責任取ってくれるんだろうな!?」
「イーヤー!」
「泣いてもムダだ!」
「痛いー! 放してー! 放せよー!」
野獣になったため腕力も上がった。
「はっはっは! 泣け! 喚けー! ひっひっひ!」
「アーン! 先生がおかしくなっちゃったよーぅ!」
「赤マムシスッポン効果だー!!」
「何だソレー!? いやーっ! パンツ脱がさないでよーぅ!」
「ふふふ、恐怖に怯える顔もソソるな。もっと怖がれ……そして大人しく……大人し……」
「いーやー……あれ?」
カリンに馬乗りになったまま突然クタッとなるタツキ。
「な、なんか、分かんないけど……スキあり?」
「ま、待て……」
「待つもんかー! お邪魔しましたー! そしてお大事にー! 母が宜しく言ってましたー!」
熱が下がったばかりなのに、赤マムシドリンクを飲まされた挙句に暴れ回ったため体温と共にまた熱が上がったようだ。
「おや? 飯田さん。もうお帰りですか? 早いですね」
首を傾げて何か言いたそうな目でカリンを見つめる江島。
「また、いつでもいらして下「うるしぇー! 二度と来るかー! お邪魔しましたー!」
こうしてタツキのお見舞いは無事に終了した。