ランドセルを背負った野獣?
金曜日、タツキがカリンの部屋へ入るとカリンは正座をしていた。
彼女の横には黒いランドセルが置いてある。
「どうしたの?」
「先生! 一生のお願いです!」
何だか土下座をしていいるカリン。
「何だい? 言ってごらん」
「これ、背負って下さい!」
そう言いながらタツキの前にずずいと出すのは黒いランドセル。
どうやらタツキにランドセルを背負って欲しいようだ。
「別に良いけど? ランドセルだよね?」
カリンはすさまじい勢いで頷いている。
大方、タツキにこれを背負わせて子供っぽい姿をさせよう、とかそんなところだろう。
あんなチューしても子供は子供だ。
と、安心したいのだろう。
タツキの読みはそんなところだ。
カリンの「一生のお願い」がこんなもんならお安い御用だ。
「どう? 似合う?」
身長149cmのタツキにはランドセルはやはり――
「……え? 何で?」
カリンは首を傾げた。
全く似合わない。
おかしい。
身長も子供サイズだし、顔だって無垢な天使そのもなのに。
ランドセルが似合う年頃なのに。
「何で似合わないんだ?」
「ふふん」
何故なら笑顔が怖いから。
腹黒さを隠しもしない肉食獣の笑顔は子供のソレではない。
「どこから出して来たんだい、ランドセルなんて」
「お向かいのタッくん……タッくんは似合うのに……先生と身長同じなのに……」
恥もプライドもかなぐり捨てて土下座したのに……
勝手にヘこむカリン。
「へぇ、「お向かいのタッくん」ね」
タツキの黒ノートに赤文字で書かれた「タッくん」。
毛も生え揃わない子供に嫉妬するほど大人気ないわけではないが、将来何があるか分からない。
一切手抜きはしない男だ。
「さぁ。カリンの「一生のお願い」を聞いてあげたんだ。僕のお願いも聞いてくれるんだろうね?」
そして抜け目ない男でもある。
「え……ランドセル背負っただけじゃん」
「君の「一生のお願い」ってそんな甘い物なのか?」
カリンは唸りながら頭を抱えた。
タツキにそう言われると反論できない。
「う、うぅぅぅ。分かりました! 何でも言ってみやがれコンチクショウ!」
「僕は君と違って「一生のお願い」をそんな簡単には言えないんだよ」
「がーーっ! ムカつく!」
***
「ふぅ、ウマイジュースですなぁ」
休憩時間にタツキの差し入れのジュースを飲む二人。
サクランボジュースを飲みながらカリンはタツキをチラチラ見ている。
タツキは何故かランドセルを背負ったままだ。
「どうしたの? 僕の顔に何か付いてる?」
「え……別に?」
カリンは本当に何でもないことのように首を傾げた。
それから、またタツキの顔をチラチラ見ている。
心なしかホッペがほんのり赤くなっている。
「ねぇ。本当にどうしたの?」
「何がデスカー?」
「僕の顔みてホッペ赤くして……何か恋する乙女みたいだよ?」
「ウソ!? マジでか!?」
カリンには全くそんなつもりはないのだが、傍から見ると恋する乙女の顔でタツキを見つめていた。
ランドセルを背負う少年に恋する眼差しを向けていた16歳女子高生。
「……僕は望むところだが」
そんなカリンを見てタツキの「何かスイッチ」が入ったようだ。
「何かスイッチ」とはONにすると「何か」が入るスイッチである。らしい。
「何か」は何か分からないが……。
「フッフッフ。可愛いじゃないかカリン……ん? そんなに怯えた顔をして、余計にソソられるじゃないか」
「ひょえぇぇぇぇぇ!? 何この子ー!?」
いつの間にか間合いを詰めてきたタツキにガタガタ震えるカリン。
タツキはお構いなしにカリンに馬乗りになってきた。ランドセルを背負ったまま色気が溢れる顔で……。
「さあ、望み通り僕のモノにしてやる」
「ちがっ、チガウ! チガウ! チガウですーーーッ!」
「ふふっ。駆け引きは嫌いじゃない」
「何言ってんのー!? そうじゃなくって! 先生って「初恋のお兄ちゃん」に似てるなーーって」
「は? ……初恋?」
スイッチが突然切れたタツキはカリンに馬乗りになったままキョトンとした顔をした。