タツキ言い訳をする
「やりましたわね、室長!」
三十分ほどグリグリしたり、まぁ色々と楽しんだ夏木さんは額の汗を拭いながら親指を立てた。
もう、さっぱり意味が分からない。タツキの頭脳を持ってしても夏木さんが何をしたいのか分からない。
「何がだよ……」
「こう見えても私、室長の恋を応援してますのよ」
どこがだよ。
グッタリして突っ込む気力も根こそぎ落とされて、半分だけ開かれたタツキの目は死んだ魚のようになっている。
「これで晩生なカリンちゃんも、意識するはずですわ」
何をだよ。
「少々荒療治でしたけれど」
……僕にとってな。
「カリンちゃん、焼きもち焼いていましたわ。これでカリンちゃんのハートは室長のモノですわね、おほほほほ!」
……絶対ウソだ。むしろ引かれた、嫌われた。
この人、邪魔しに来ただけだ……。
そもそも夏木さんがなぜタツキの恋路を応援しようというのだろう。少しずつ落とすのも楽しみの一つなのに、余計なお世話も甚だしい。
「なぜなら、最近刺激が少ないからに決まっていますわ!」
やはり邪魔をしに来ただけだった。自分が楽しければどうでも良い人、夏木さん。
仕事とプライベートは混同しないタツキだが、夏木さんの異動が本気で頭を過った。
*
「先生のヘンタイ……」
カリンは先ほどの光景にショックを受けていた。いや、むしろ普通の女子高生ならショックを受けて当たり前の光景だろう。いや、最近はそうでもないのか? その辺は作者にはよく分からない。
とにかくタツキが別の女性と楽しそうにしていた(ように見えた)ことにショックを受けていた。
「先生のオタンコナス……グスッ……ホントに誰でも良いんだ」
――ちょっと可愛い子がいると手を付けてるのよ
そんな夏木さんの台詞を思い出しながら落ち込むカリン。
「な、なんで落ち込んでるんだろ? ……べ、別に先生なんか好きじゃないのに」
好き、と言う言葉を呟いた途端にドキドキしてきた。
「いや、だから好きじゃないし……そう、あんな生意気な子はキライだし」
言い聞かせるようにキライと口に出すと心がチクチクしてきた。
「ふぅん。室長のこと好きじゃないのねぇ?」
「うひょぉ!」
突然後ろから甘ったるい声で話しかけられ奇妙な叫びを上げながら振り返ると、ヒトミが立っていた。未だにバスタオル一枚というハレンチな格好だ。
「うふふん。室長がご執心の子だっていうから見に来たけど……大したことないわねぇ」
谷間をチラ付かせながらカリンを値踏みするようにジロジロと観察するヒトミは、タツキの前と態度が全く違う。
「良かったわぁ」
「何がですか?」
ムッとしながらカリンが聞くと、ヒトミはペロリと舌なめずりをした。肉食系女子だ。
「あたし、室長狙ってるのよ」
ふぅん、そうですか。と言いながらカリンもヒトミの谷間を凝視してちょっとヘコんだ。
「ま、アナタみたいな子供じゃ、室長の相手は務まらないでしょ」
「先生も子供じゃん?」
「うふふふふ。そうかしらねぇ?」
ヒトミの言わんとするところが何となくカリンにも分かったが、カリンも食い下がる。
「で、でも……年齢的に、荒井さんみたいな大人が先生みたいな子供、おかしいです」
「室長は、大企業に勤める立派な社会人だし……お互い認め合ってれば問題ないでしょう?」
「だ、だからって、先生は荒井さんのこと好きかどうか分からないじゃないですか!」
カリンが食って掛かるとヒトミは鼻で哂った。
「人の気持ちなんて変わるものよぉ。あたし、当て馬でここに連れてこられたみたいだけど、あたしの良さを知ってもらうチャンスだしぃ?」
ヒトミはなかなか強かなようだ。高校生相手に大人気ないがそれだけ必死なのだろう。
「あ、あたし、別に先生なんか好きじゃないし。どうでも良いもん!」
「ふふふ。じゃあねぇ」
言いたいことを言って去って行くヒトミを見ながらカリンはまた膨れた。
「先生が、誰と付き合ったって関係ないもん……」
***
さすがにやり過ぎたか、と思った夏木さんはカリンを探していた。
ところがカリンは割り当てられた部屋にも温泉にもおらず、別荘内に姿が見えず焦りが募ってきた。
「あ、荒井さん。カリンちゃん見なかったかしら?」
「見てないですよぉ。いないんですかぁ?」
「そうなの。別荘内にいないみたいなの」
「はぁい……あたしも探しますからぁ、根岸さんにも手伝って貰いましょぉ」
「そうね」
夏木さんが慌ただしく立ち去ると確認するとヒトミはタツキを探しに行った。
「あ、いたいた! カリンちゃーん!」
車で探しに来た夏木さんと根岸はほどなくして、別荘から十分ほどの商店街のある通りでアイスを食べているカリンを発見した。
「ビックリしたよ、携帯置いたままいなくなっちゃうから」
「スミマセンでした。気分転換に歩いていたらアイスが食べたくなったもので」
「夕方はバーベキューだよ。そろそろ戻ろう」
「……はい」
何も言わずに出て来てしまって迷惑を掛けた自覚のあるカリンは、気まずそうに返事をしてから素直に車に乗った。そして車の中に夏木さんと根岸しかいないことにまた少しヘコんだ。
別荘に戻ると、玄関でタツキが待ち構えていた。誤解は早めに解くべきだと冷たい麦茶を用意して待っていたのだ。
「カリン、黙って出て行ったらダメだろう?」
「……すみませんでした」
いつもなら一言言い返すのに、やけに素直に謝るカリンに拍子抜けするタツキ。しかも機嫌が悪いのヒシヒシと伝わってくる。
「ほ、ほら、麦茶だ……あのな、さっきのアレは何でもないんだ」
カリンは麦茶をグビッと一気に飲み干すと、タツキを白い目で見た。
「……べつに、あたしに関係ないもん」
取りつく島もないとはこのことだ。関係ないと言われてしまったら返す言葉もない。
「あ、愛人がたくさんいて、あちこちに隠し子がいたって関係ないもん」
「は?」
誰に何を聞いたんだ?
夏木さんが口笛を吹きながらススス、と二人から目を逸らした。
「ちょっと待て、どう考えてもおかしいだろう……なんでこの年で子持ちにならなきゃなんないんだよ?」
「だって、先生は働いてるし、大人なんでしょ!?」
ぷぅ、と膨れてそっぽを向くカリンは関係ないと言いつつ、とても気にしているように見える。
「いやいやいや。子供なんていないから」
「本当に?」
少し様子を窺うようにタツキをチラ見するカリン。小さい子が拗ねているのと同じ感じがする。少なくともまだ嫌われていないようだ。
「ああ、勿論だ」
調子に乗ったタツキは更に言い訳を重ねる。ここでカリンに分かって貰って仲直りしないと後がないような気がする。いや、ないだろう。
「確かに手は付けたがちゃんと避妊はするし、そもそもカリン以外の女なんて性欲処理以外の何物でもないからね。昨日のアレだって、ホント意味ないし」
タツキなりにカリンのことを真剣に好きだと言う台詞なのだが……。
「先生サイテー!」
べチン!
カリンの張り手がタツキの頬に飛んできた。
当然こうなる。