温泉しっぽり大作戦
カリンは別荘に着いてからブスッとして唇を尖らせて面白くなさそうな顔をしていた。そんなカリンに夏木さんが声を掛けた。
「水原室長の部下の夏木ユイよ。宜しくね」
「飯田カリンです……宜しくお願いします」
「ところで、どうしてそんなに膨れているのかしら?」
「……?」
カリンはなぜ自分がそんな顔をしているのか分からず首を傾げた。それから夏木さんの顔を見て、また首を傾げた。
「あのぅ、夏木さんて――」
「ユイお姉さまとお呼びなさい」
「……ユ、ユイお姉さまって、なんか同じクラスの友達に似てます」
顔とかノリが。
「おほほほほ!」
笑いどころがよく分からないが高らかに笑う夏木さんにカリンは少し引いた。珍しく押され気味のカリンだ。
「良い線行っているわ。あなたのそのお友達の苗字は覚えているかしら?」
「ユカちゃんの苗字? え、とユカちゃんは……あ! ユカちゃんのお姉さんなんですか!?」
「ほほほ! 可愛らしい子猫ちゃんねぇ」
「うわぁぁぁぁ! ユカちゃんと同じ!」
「おほほほほ! さあ、カリンちゃん。温泉でしっぽりヌッポリするわよ!」
「うわぁ! ユカちゃんみたい!」
「そういうわけで温泉に入るわよ!」
「はい! お姉さま!」
そんな夏木さんに手を叩いて大喜びのカリンは、お風呂セットをいそいそと準備して夏木さんと温泉に浸かりに行った。
タツキは小さいと言っていたが、庭の露天風呂は二人で浸かっても余裕がある大きさだ。しかも男湯と女湯に分けてある。とは言え岩風呂に木の塀を立てて区切ってあるだけだが、それでもカリンのテンションは上昇した。庭に出る前に、シャワー室があってそこで体を洗ってから外へ出るようになっている。
「シャワー室でも結構広いわね、カリンちゃ……!?」
大喜びのカリンは服を脱ぐと、とりあえずタオルで隠す――ようなことはせず、頭に畳んだタオルを乗せていた。さすがカリンである。
「そうですね!」
「こっちへいらっしゃい。洗ってあげるわよ。いえ、むしろ洗わせて」
わぁい! と喜びながら唯一の装備である頭のタオルを夏木さんに渡すカリン。だが、お姉さまは既に手に泡をたくさん付けて準備している。ユカちゃんのお姉さんだし、と訳の分からない納得をしたカリンは再び頭にタオルを乗せた。
「良いわねぇ……若い子のお肌ってツルツルしてプルプルだわ……けしからん」
ここぞとばかりに若い子の体を全身を使って堪能するお姉さまはユカと違って鼻血は噴かない。
「私も洗います……わぁ! お姉さんツヤツヤ!」
カリンも真似をして手に泡をてんこ盛りにしてお姉さまの体を洗い始める。
キャッキャウフフな時間を楽しんだお姉さまとカリンは、泡を流すとお湯に浸かった。温泉は少し温めで長湯するのに丁度良い温度だ。
「そう言えば、荒井さんって先生の部署の人なんですか?」
「あの子は違うわよ」
「え? じゃなんで……」
来たんですか? とはさすがに言わなかった。カリンも招待されてる立場なので、来るなと言えるわけがない。
「おほほほ、どうしてかしらねぇ?」
カリンはまた少し膨れた。
ヒトミがべったりしても嫌がらないタツキの態度が気に入らなかったのだが、自分ではよく分かっていないようだ。
「先生のむっつりスケベぇ……」
「あら、室長はムッツリじゃなくてよ。堂々としているのよ」
「ええ!?」
「室長といえば女タラシよ……前も――」
湯船に浸かりながらカリンにあることないこと教える夏木さん。彼女の眼鏡は湯けむりでも曇ることはなくカリンのピチピチな体を凝視している。
同じように温泉に入りにきたタツキは、シャワー室から聞こえる二人のアハハウフフな声に聞き耳を立てていた。
タツキには夏木さんの狙いが分からなくなってきた。
荒井ヒトミを連れてきたのは、カリンに焼きもちを焼かせるため、という夏木さんのお節介なのだろう、と思った。だが、二人の楽しそうな声を聞いていると、単に可愛い子が大好きな夏木さんの欲望のために連れてきたのではないだろうかと思えてくる。タツキがヒトミと根岸に絡まれている間にカリンとしっぽりするために連れて来たような気がして堪らない。
あの夏木さんならやりかねない。いや、やる。
「楽しそうだな……」
「僭越ではありますが、俺が、室長のお体を洗いたいと、思うのであります!」
「うわっ! ヤメロ、根岸!」
「遠慮なさらずにどうぞ!」
手に泡をてんこ盛りにしてワキワキさせながら近付く根岸をゲシゲシと足蹴にしながら聞き耳を立てるタツキ。
「手でご不満であれば、全身を使って洗うのであります。ハダカの付き合いであります!」
全身泡だらけの根岸が抱き着いてきた。
「やめんか! ぅわぁっ、なんかヌルヌルして気持ち悪い……! あっ! そんなところ触るな!」
「げへへへ……ぐへへへ……」
二人がシャワー室で楽しくくんずほぐれつ(?)していると、ガチャ、と音がして誰かが入ってきた。
「江島か!? 助けてくれ! このヘンタイを……!」
「室ちょぉ、お待たせしましたぁ! あたしも、洗いますぅ!」
バスタオルを巻いたヒトミだった。
「根岸さん邪魔なので出て行って下さいぃ」
「お前ら二人とも出て行け!」
こうして男湯のシャワー室は修羅場と化していった。