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別荘へ行こう


 ようやくカリンの風邪が治るころ、夏休みの半分が経過していた。


「何もしてないのに……夏休み終わっちゃうよぅ……」


「仕方ないだろう? 風邪なんかひくからだよ」


 夏休みの宿題を広げて愕然とするカリンにタツキは諭すように言った。


「でも、どこにも遊びに行ってないし……みんなと遊びに行くはずだったのに、シクシク」


 高校生にもなってシクシクもないもんだが、16才の夏休みは一度きり。しかも宿題だけが山積みに残っている。


「宿題は手伝ってやるから」


「せ、先生……! あたし、先生のこと誤解してたよ!」


 誤解ではなく正味だがコロッと騙されるところがタツキの気に入るところでもある。



*


「ヤッター! だいぶ終わったー! 先生大好きだー!」


「はいはい、僕も大好きだよ」


 現金なカリンにヤレヤレと半分呆れて半分微笑みながら笑うタツキ。

 キリの良いところでジュースと水ようかんのおやつタイムだ。


「ふふふ……ところで、カリンの家は夏休み旅行に行かないの?」


 ニコニコだったカリンがガックリと項垂れる。


「それが、風邪ひいてる間にお父さんの夏休みも終わって……かいしょ無しのハゲ親父め」


「自分の親のことをそんな風に言うもんじゃないよ」


 確かに甲斐性なしっぽい頼りなさそうな父親だが、カリンの父はハゲてはいない。完全にカリンの八つ当たりだ。


「でも、それじゃあんまりだよなぁ……よし、頑張って成績も上げたし、僕の別荘に招待しようか」


「べ、別荘!? しかも「僕の」!?」


「まぁね。小さいけど温泉もあるよ」


「温泉!? 行く! はいはい! 行きます!」


「じゃあ、ご両親に了解を取ってからだね」


「ヤッター! 温泉!」


 ウキウキのカリンを生温かい目で見つめるタツキだが、内心はカリン以上にウキウキだ。



*


「じゃ、僕来週から月末まで二週間夏休み取るから」


 タツキの勤めるB&W社は米国籍企業のため、本国と同じように夏休みが半月取れる。


「聞きましたわよ、室長」


 どこから湧いてきたのか、夏木ユイが眼鏡を光らせながらタツキの席へやって来た。


「かわい子ちゃんと別荘でしっぽり」


「オッサンか、君は」


「私もお供致しますわ」


「いや、頼まない」


「……カリンさんの着替え動画あるのですけれど」


「どこから入手した?」


「秘密です」


「よし、来たまえ」


 上司と部下の間で何か変な取引が成立した。



*


 お出掛け当日の早朝、天気にも恵まれカリンは父の車でタツキの家まで送られてきた。母も一緒に見送りに来た。タツキの家からは江島が運転する車で別荘に向うことになっている。


「良いか、カリン。くれぐれも粗相のないようにな……」


「だーじょぶだって! 任せてよ!」


 父親はカリンが何か仕出かさないかヒヤヒヤしている。娘は可愛いのだが、自分の娘のことはよく分かっているつもりだ。

 家の前では既に準備万端のタツキが待っていた。


「おはよーございまっす!」


「おはようございます、水原さん。この度はありがとうございます」


「おはようございます飯田さん。とんでもありませんよ、僕も楽しみ(・・・・・)にしていたので」


「あ、水原さん。朝食に色々作って来たので召し上がってくださいね」


 母がデカいバスケットを持ってくると、江島が後部座席へ積んだ。ジュースや江島のビールが入ったクーラーボックスも積んである。


「では娘さん、お預かり致しますね」


「宜しくお願い致します」


「じゃあ、行ってきまーす!」


 こうしてカリンはタツキの別荘へと出発した。



*


「カリンのお母さんのご飯美味しいね」


 料理というほどではないが、ご飯の上に甘い炒り卵、おかか、昆布の佃煮、海苔と梅干を乗せたものと、唐揚げや茹でたウインナーやポテトサラダが添えられているお弁当だ。


「そうですか? 先生のお母さ――あー、ゴホンゴホン!」


 途中まで言ってから気付いたカリンはワザとらしく咳払いをして誤魔化した。


「気にしなくて良いよ。僕の母は10年前の夏に出て行ったからね。それに料理するような人じゃなかったから」


「……ごめんなさい」


 こいう素直ところもタツキは気に入っている。母親の件に関しては、タツキは全くと言って良いほど気にしていない。

 だが――


「でも、良いなぁ」


「何がですか?」


「小さい頃お母さんにアーンとかして食べさせてもらった記憶がないからね」


 少し恥ずかしそうにモジモジするタツキは年相応で、いつもの俺様は鳴りを潜めている。

 見てくれだけは幼気な少年だ。


「……先生、アーン! はい、アーン!」


 そして、騙されやすいカリンはタツキの目論見通り。目的を達成するためならば甘えん坊を演じることも厭わない男。使えるモノは親でも年寄りでも使う男。それがタツキだ。

 このときタツキはいつになく浮かれて忘れていたが、別荘の前に停まっている夏木ユイの車をを見て思い出した。

 二人きりじゃない、ということを。


「水原室長、遅いですよぅ」


 しかもクネクネしながら猫なで声で近付いてきたのは荒井ヒトミ。タツキを狙って憚らない総務課の女子だ。


「おい、夏木さん」


「なんでしょうか、室長」


「なんで、こいつらがいるワケ?」


 しかも部下の根岸までいる。


「作戦ですわ」


「何の作戦なんだ?」


 左腕に抱き着いて胸をギュウギュウ押し付けるヒトミと、右腕に抱き着いて「うふふふー」と笑う根岸に挟まれるタツキ。


「ほほほ、後になれば分かりますわ。そして私に感謝するでしょう!」


 夏木ユイは意味ありげにチラッとカリンを見た。

 そんな夏木ユイを見ながらタツキは腕に根岸とヒトミを絡ませたまま、鼻を鳴らした。




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