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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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その男は街道を歩いてきた

作者: 鉄猫
掲載日:2026/09/13

 その男は街道を歩いてきた。

 額が広い坊主頭に青々とした短く整えられた髭。白いシャツに黒いスーツ、黒のネクタイ。そして黒の革靴。

 男はひなびた町に到着すると大きく息を吐き、街道沿いにある酒場に入って行った。

「ビールを頼む」

 カウンターに肘をつき、男はそう言った。店主がジョッキでビールを出す。

「やはりビールだな。喉がカラカラだったんだ」

 男はビールをあおる。

「こりゃなんだ。馬のしょんべんみたいな味だ」

「ここにはこれしかないさ」

「あんたを責めてるわけじゃない」

 男は店内を見回す。昼間という事もあり、酒場にはお客はいない。老人が入口のところで居眠りをしているだけだった。

「あんた、どこから来た?」

 酒場の主が男に聞く。男はどう答えていいのか迷ったあと、ビールを飲みながらずっと遠くだというジェスチャーをしてみせた。主はそうかい。と言って、前の客が使っていたジョッキを洗う。

 店の戸が開く。鎧を着た冒険者の一団が入ってくる。冒険者たちは乱暴に椅子に座り、装備を投げだす。

「おやじ、酒を持ってこい!」

「なんか食わせろ」

 店主が使用人に言い、若い女の使用人が席にジョッキを運ぶ。

「おおっと」

 ジョッキを受け取るふりをして、冒険者の一人が使用人のおしりを触る。使用人は震えながら、残りのジョッキをテーブルに置いた。

「おい」

 カウンターの男が声をあげる。

「嫌がっているじゃないか」

「何だと?」

「だから、彼女が嫌がっているだろう」

 男はカウンターから冒険者が座っている席に歩み寄った。その隙をついて、使用人がカウンターの中に戻る。冒険者は男の頭からつま先までを見た。スーツに覆われた身体はそんなに大きくない。身体も薄い、と言っていい。筋骨隆々の剣士は、男の容姿を見て笑った。

「このゆで卵頭が。やろうっていうのか?」

「そちらがお望みなら」

 男は口元を微かに曲げた。その挑発に剣士が乗る。

「そういう事なら話は早え。ぺちゃんこにしてやる」

「それはどうも」

 男の目にも止まらぬ拳が剣士の鼻を直撃する。剣士は自分が何をされたのかを理解できなかった。鼻血と折れた前歯が床に落ちる。

「あ、が……」

 男は剣士の腕をつかむとひねり上げ、肘の関節を極めつつ入口に向かって投げ飛ばした。大きな物音に老人がびっくりして目を覚ました。

「あまり血を飛ばさないでくれ。スーツはクリーニングしたばかりだ」

「くそぅ!」

 冒険者たちが立ち上がる。シーフが短剣を抜く。男はそちらに向かって椅子を蹴り、踏み出そうとしたところにぶち当てる。思いっきり前転したシーフの頭に男は蹴りを入れる。シーフは失神して動かなくなる。

「こいつ!」

 魔法使いがロッドを手にし、呪文の詠唱を始める。男はそれを察知すると、ジョッキを手に取り、魔法使いの頭めがけて投げつけた。ジョッキが命中し呪文を遮られた魔法使いは、腕が引かれ、自分が宙を舞っているのに気づいた。

 魔法使いが窓を突き破って外に転がり出る。最後のクレリックがメイスを構える。

「坊さんなら、仲間のケガの心配が先じゃないのか?」

 気合とともに振り下ろされたメイスをかわし、男はクレリックの脇の下に手刀を打ち込む。鎧の隙間をついての一撃が肩を貫く。クレリックはメイスを取り落とした。男はクレリックにヘッドロックを極めると、そのまま店を出て、近くの馬の水飲み場にある桶に頭をつけ、水の底にクレリックの頭を何度もぶつけた。クレリックが気を失うと外に転がし、男はスーツの襟を正して、店に戻る。

「こんな騒ぎはいつもなのか?」

 男の言葉に、店主は何を返せばいいのかわからなかった。返事の代わりに、ビールのジョッキをカウンターに置いた。

「ありがとう。運動の後の水分補給は大事だ」

 男は満足げに笑った。



 しばらくすると町の衛士がやってきた。冒険者たちは店の外でうめいている。

「何があったんだ?」

 衛士が店主に聞く。

「ちょっとした喧嘩ですわ。いつものことです」

「それならいいが」

 衛士はカウンターに肘をつき、ジョッキをあおっている男を見とがめる。

「見かけない顔だな。旅の者か?」

「ああ。そんなもんだ」

「いつまでいる? この町はよそ者をあまり好まん。しかも、喧嘩したともあれば」

「彼女の尻を触るのがいけない」

 男は使用人の少女にウィンクする。少女は少し照れて店の奥に引っ込んでいく。

 衛士は部下に冒険者たちを教会の診療所につれて行くように言うと、男の前に立つ。

「いいか。あまり騒ぎをおこすな」

「わかりました」

 男の素直な答えに、衛士は少し驚いた。相手がただの暴れ者だと思っていたからだ。そういえば、相手はずっと礼儀正しく自分に接しているな。と気づいた。

「まぁ、とにかく。ここは平和な町だ。それだけはわかってくれ」

 男は衛士に軽く頭を下げた。衛士が店を出ていく。

「しかし、あんた強いな。あの技はどこで覚えたんだ?」

「好奇心は猫をも殺す、というぞ」

「そりゃそうだね。これは失敬」

「この町には宿はないのか?」

「宿はウチだけですわ」

「部屋は空いているか?」

「もちろんですわ。ここいらお客も少ない。そのお客も、あんたが投げ飛ばしてしまったからね」

「これは悪い事をしたな」

 男は店主にカギを受け取り、二階へ上がり、部屋に入る。スーツを脱ぎ、形が崩れないようにポケットから出した折りたたみ式のハンガーに通す。ネクタイを取り、シャツを脱ぐ。そして靴を脱ぐとそのままベッドに寝転んだ。



 翌朝。

 町の騒がしさに気づき、男は眼を覚ました。通りから声がする「ドラゴンが来たと」

 窓を開けて見ると、通りを人々が逃げていた。その向かう先の反対側を見ると、一頭の赤いドラゴンが降り立ち、口から微かな煙を吐きながら進んでくるのが見えた。

 ドラゴンは鎌首をもたげると、口を大きく開き火炎を吐いた。家の一つが炎に包まれる。人々はパニックに陥り、どこに逃げていいのかわからずに交差点で互いにぶつかり、混乱が拡がっていた。衛士たちも、ドラゴン相手にどう戦えばいいのかわからず、かろうじて武器を構えて、立ち向かおうとしているふりをするだけだった。

 通りで子供を連れ、その弟を抱えた女性がつまづいて倒れる。その向こうにドラゴンが迫っていた。ドラゴンは簡単に食える獲物を見つけ、鼻から煙を吐いた。そして大きく口を開けた。

 そこに黒い風が吹き抜けた。

「これはでかいトカゲだ」

 赤いドラゴンの前に黒いスーツの男が立っていた。

「さ、今のうちに」

 女性は立ち上がり、男に礼をしながら走り去った。その様子を見送った男は、ドラゴンに向きなおる。

「さて、どうする? でかいの」

 ドラゴンは目の前に現れ、獲物を逃がした人間に怒りを覚えていた。鼻息が荒くなり、噛み合わされた牙から煙が沸き出ている。

「帰るなら、出口はあっちだ」

 ドラゴンはその声に合わせるかのように口を大きく開き、炎を吐きだそうとした。が、突然襲った激痛に息を呑んだ。顎が外れている。とドラゴンは気づいた。目を炎から守る膜を開けて下を見ると、男が下あごの牙を握っていた。人間に顎を外されたというのだ。

 ドラゴンは愕然とした。相手は素手だ。それなのに、自分が傷を負っている。理解できない。

「どうしたでかいの。自慢の炎の息はまだか?」

 ドラゴンは首を振り下ろすと、頭で男を突き飛ばし、そのまま放り投げようとした。だが、頭を地面に突っ込んだ途端、その突進が止まった。

「!?」

 角を男が握っている。男はニヤリと笑うと、角を右方向に倒した。首を極められたドラゴンはたまらず身体を回す。巨体がぐるりと回る。男はドラゴンを地面に叩きつけると、今度は逆方向に回した。ドラゴンは、また自分の力で地面に叩きつけられることになった。男はそれを何度もくりかえす。

「今なら見逃してやる。それとも最後まで戦うか?」

 男の声に、ドラゴンは恐怖を覚えた。本能が逃げよと告げていた。だが、ドラゴンにもプライドがあった。たった一人、しかも素手の男の前から逃げたとあれば、仲間たちの嘲笑を買うことになる。

 ドラゴンは決めた。この敵をどうにかして殺すと。しかし、それは間違っていた。

「あんた、それは判断ミスだ」

 抗戦の意志があるとみた男は、焦点を首に移したのだ。短い距離からの打撃が喉をえぐった。喉にはドラゴンにとっての急所、逆鱗がある。普段なら武器が届く事の無いその場所に、男は入り込んでいた。

 男の拳が逆鱗に打ち込まれる。拳の次は鋭い肘、そして蹴りが続く。止まらない連打が喉を揺らした。ドラゴンの口から血の塊が吐き出される。

「これで終わりだ」

 男は力を込めた拳を逆鱗に叩き込んだ。拳が鱗の隙間を割り、肉に食い込んだ。

 ドラゴンの絶叫が響く。首を大きくもたげたドラゴンが半身を回しながら倒れ、口から断末魔の悲鳴がもれた。

 男はスーツの襟を正すと、おっかなびっくりでやってきた衛士に顔を向ける。そして、ドラゴンの方を指さす。

「宿代はこいつで足りるか?」

 ドラゴン1匹の値段は相当なものであった。しかも赤いドラゴンともなれば、倒されることは滅多になく、町は長い間安泰な金を入手できることになる。

 衛士が何度もうなずくと、男は酒場へと向かった。

 酒場の主は店の入り口で使用人の少女とともに、男の戦いを見ていた。そこに男がやってくる。

「ビールをくれ」


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― 新着の感想 ―
淡々とした黒いスーツの男が、冒険者からドラゴンまで素手で片づけていくのが妙に痛快でした。最後まで飄々とした雰囲気も印象的です。
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