プロローグ
ホワイトデー、それは世の中の男子がチョコを貰った女子にお返しをするイベントである。バレンタインデーにチョコを貰った者だけが参加できるイベントであり、一部の人間には全く関係のないイベントであるのだ。最近は友チョコや義理チョコというものもあるらしいが、そんなものも貰ったことはない。僕、坂田始には全く関係のないイベントのはずであった。だがしかし今年はそういう訳には、いかなかった。バレンタインデーの日朝下駄箱を開けると、一通の手紙とチョコレートが入っていた。手紙を開くと、それは僕宛のものであることがすぐにわかった。送り主はクラスメイトの女子であった。話したことは、そこまではないとは思うが、悪い人間ではないことはわかる。内容を読むとそこには、原稿用紙1枚はあるぐらいの量にわたる僕への気持ちが書かれていた。「かっこいい」や「憧れ」、「好き」等、最後の行には「あなたと一緒に生きたいです」とまで書いてあった。彼女は僕のことが好きであるということは、この手紙から読み取ることはできた。たがしかし、僕には恋愛感情という気持ちがよく分からない。昔のことが原因なのだろうか。全く恋愛感情という物が理解できなくなってしまった。以前の僕には恋愛感情はあったはずだった。今はどうだろうか。全く分からない。それほど僕の心に傷をつけた、大きな出来事があった。まあいい、手紙とチョコレートをカバンの中に入れて教室へと上がる。まだ朝日の差し込んでる階段を駆け上がり、廊下を歩く。教室の前につき、ドアを開ける。
教室の中に入ると、クラスには浮ついた雰囲気が纏っていた。大声でチョコレートを貰えないかなと騒ぐお調子者の男子たち。顔を若干赤らめ待ち人を待つ女子たち。その中に私へチョコレートを送った張本人もいた。私がそちらの方を見ていると彼女と目と目が合う。だが恥ずかしかったのか一瞬でそらされてしまった。恋する乙女というやつなのだろう。
「青春にというものになぜ人は憧れているのだろうか」
私にはよく分からない世界である。ハイリスク、ハイリターンのこの世界において、行動を起こそうとする人間は多くないはずである。だが高校生という生き物はやたら行動を起こしたがるのだ。彼女もそういう人間のひとりなんだろうと思う。貰ったからにはお返しをしなくてはいけないとは思う。しかし、どんな物を送ればいいのか分からない。今で貰ったことがないのだから。
I have never received chocolates in Valentine's Days
頭にそんな英文が横切った。授業で習った英文を思い出すぐらいには僕にはどうでもいいことであった。
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ホワイトデーの日僕は彼女を人気のない校舎裏へと呼び出した。直接わたすのは周りからの視線が痛い。私はまだクラスで死にたくなかったのでリスクを回避する選択をした。そのはずだった。
待つこと数分。彼女はやけに緊張した面持ちで登場した。ほんのり頬を赤らめているような気もした。私は今日のために準備したものを差し出す。綺麗にラッピングされたそれには、ハンドクリームとハンカチが入っている。何を送ればいいのか分からなかったので、友人に聞いたおすすめをそのまま買った。
「これチョコレートのお返し」
そう言って彼女に手渡す。だが彼女が想定していたことと違うことだったのか戸惑った表情をしていた。
「お返事はどうなのかな……?」
そう言われて私は、手紙で告白をされていたような事を思い出した。断ろうって決めていた。
「それはごめんなさい、君とは付き合えないよ」
そう告げると私の想定していない質問が飛んでくる。
「なんで?」
そう言われると困る。自分でもよく分からない。
「自分でも恋愛感情がよく分からないんだ」
「そう」
「きみはなんでそんなに鈍感なのかな……」
そう言った彼女の目からは、日光が当たり輝く大粒の雫が流れていた。僕はそんな状態の彼女を見て何も言えなかった。いや、何を言えばいいのかわからなかったのかもしれない。だって彼女を泣かせてしまったのは、間違いなく僕のせいだからだ。
「まずい、この空気を何とかしなくては」とは思うが、発するべき言葉が出てこない。なんて僕は最低な人間なんだろうかと思う。昔からそうだった。僕はどうしようもない人間だった。過去からなんも変われていなかった。逆に僕が嫌いな人間になっていってしまった。この自分が嫌でたまらない。今すぐにでも消えてしまいたい。
そんな事を考えていると彼女は走るように、逃げていってしまった。去っていく彼女の横顔は美しいものであった。だがしかしその表情からはたった今、失恋をした一人の女の子だということを僕に強く感じさせるものだった。いつしか、僕の目からも雫が流れ落ちていた。頬に冷たい感触が伝わる。僕は初めてその時に手遅れでどうしようもないことだと気づき後悔した。今更、後悔したってもうどうにもならないのにも関わらず。今から彼女を追いかけたら以前のような関係に戻れるだろうか、いや戻れないだろう。ラブコメのような展開は現実では起きるはずがない。それに彼女は以前のような関係を望んでいたという訳では無いのだ。彼女は僕とより親密な関係になりたくて、勇気を出して行動した。だが僕は彼女との関係が親密になることを拒否したのだ。しかも彼女の抱えていた淡い気持ちにも気づけやしなかった。なんて酷い人間なのだろうか。考えれば考えるほど胸が苦しめられていく。しゃがみこんで下を向いてしまう。
「辛い、しんどい」そう心の声が周りの人に微かに聞こえるぐらいの声量で漏れてしまった。
すると僕の背中にほのかな暖かい感触のする物が置かれる。これは誰かの手のなのだろうか。小さいがしっかりと温かみを感じる。
「よしよし、辛かったね」
そう言った声は僕にとってすごく聞き馴染みのある声であった。その声がなんだか心に染みる。優しく包み込んでくれるように。
「わたし、君に忠告してあげたのに……」
「そんなに私が良かったの?w」
と泣いている僕をおちょくるように七瀬先輩は言う。僕はそんな七瀬先輩の胸に無言で飛び込む。先輩はびっくりしたもののすぐに受け入れてくれ、頭を撫でてくれる。そのまま僕は先輩の胸で泣き続けた。
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やがて僕が泣き止む頃にはすっかり夕日になってしまった。先輩は泣き止むまで待ってくれていた。
「先輩ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「全然大丈夫よん!後輩くんの泣き顔見ることができたし」
そう先輩は言ってくれるが迷惑であったことには違いない。どうしよかなと考えていると良いアイデアが降ってきた。
「先輩にご迷惑かけたんで、先輩のお願いなんでも聞きます!」
我ながらにいいアイデアだと思う。自分で自分を褒め讃えたい。どうせ先輩のことだからジュース奢ってとか、肉まん奢ってとかだろうと思っていた。だが僕の考えは、実には浅はかなものであったと、すぐに思い知らされる。
「私がさ、後輩くんに恋愛感情教えさせて」
それは思いも寄らないお願いであった。先輩は若干上目遣いでこっちを見てくる。僕は顔が引きつったが、なんでも聞くと言った手前断れない。
「いいですけど……」
そう言った次の瞬間には先輩に抱きしめられていた。甘い異性の匂いを感じる。どこがとは言わないが柔らかい体である。先輩は口を僕の耳元に近づけささやく。
「後輩くんに私が恋愛感情を教えこんであげるね、私なしでは生きられないぐらいにね」
私はその後の記憶が全くないのだが、一体先輩になにをされたのだろうか?もしかしてね……流石にないよね。そんなことを考えつつ自分の家の前で立ち尽くしていた。
好評であれば、次回も更新予定。




