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赤いチューリップ、花言葉は  作者: 楠木千佳


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7/9

今更自覚する、八月(2)


 トントンと、遠慮がちに肩を叩かれ、のろのろと両手を外す。


「こんばんは、青野君」

「……葉山、さん」


 美雨は丸襟にウエストを細いリボンでキュッと絞ったアイボリーのシャツワンピースといういで立ちで、学校とは印象が変わるけどとてもよく似合っている。

 かわいい、と零れかけた言葉は直前で飲み込んで、空気だけが吐き出された。

 直視できなくなった奏汰の視線が不自然に逃げる。


「あー、っと……葉山さんも来てたんだね」

「私、そこのラムネの屋台に並んでたんです。それで、青野君が見えたので」


 美雨が手に持っているラムネはひとつだけ。一緒にいた男の姿も近くにないことに安堵した。もしいたら、挨拶もそこそこにこの場から逃げていただろう。

 普段と打って変わって歯切れの悪い奏汰に、美雨は楽し気だった表情を一変させ眉を下げた。


「青野君、調子悪いですか? あっ、もしかして人酔いとか……!」

「そっそんなことないから!」


 動くなと言われたが、美雨が行ったらメッセージを送って先に帰ろう。そう決めて、あと少しでいいから笑えと自分に言い聞かせ、奏汰は声を弾ませる。不自然にならないよう、いつものように。


「誰か、と一緒に来てるよね? 俺のせいでその人待たせちゃ悪いから」

「兄なんていくらでも待たせて大丈夫ですっ!」

「葉山さんのこと探してるかもしれないし……て、あに? …………兄ぃ!?」

「薬とか必要ですか? 私、買ってきましょうか?」

「待って待って! 俺、体調悪くないから!」


 近くのコンビニまで本当に薬を買いに行きそうな美雨に待ったをかけて、とりあえず隣に置いていた部活バッグを地面に下ろし彼女に座ってもらう。

 どこからなにをどう話すか悩んで、奏汰はまず深呼吸をした。


「えっと、心配してくれてありがとう。部活の後でちょっと疲れてるだけだから、ほんとに大丈夫」

「そう、ですか?」

「うん、ほんとに! それでなんだけど、……一緒に来てる人って、葉山さんのお兄さん?」


 やっぱりまずは先ほど彼女の口からさらっと飛び出した男の人の正体をちゃんと確認したかった。

 体調を崩しているわけではないと納得した美雨の肩から力が抜け、奏汰にとってはかなり重要になる質問に彼女はあっさりと頷く。


「本当は友達と来る予定だったんですが、急用ができちゃったみたいで……っていう話をしたら、代わりに一緒に行こうと誘われたんです」

「水色のストライプシャツに黒のジーンズ?」

「たしかにそんな服着ていた気が……どこかで見ましたか?」


 こてんと首を傾げた美雨に「神社の入り口で……」と告げると、彼女は「神社の入り口……」と反芻した後、なにかに気づいたように目を見開いた。そして頬が徐々に赤みを帯びていく。

 徐々に日が落ちてきて、出店や街頭のオレンジの光が煌煌と輝きだしているが、決してそのせいではないだろう。


「子ども扱いしないでって私はちゃんと言ってるんですッ! 恥ずかしいから外ではとくにやめてって言ったのに……ッ!」

「葉山さん」


 赤いのを隠すように両頬を手で押さえたまま、下がり眉の美雨が奏汰を見上げてくる。そんな表情も、どんな表情も、かわいい。

 なにもしなかった後悔はもうしたくないから。


「連絡先、交換してくれませんか!」


 この子の隣には、自分がいたい。


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