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赤いチューリップ、花言葉は  作者: 楠木千佳


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やる気スイッチが押された、六月


「青野って今日なにに出んだっけ」

「綱引きと色別対抗リレー」


 緑色のはちまきを頭の後ろで結びながら奏汰は答えた。


「橋詰は障害物競争だろ」

「そー!」

「去年も出てたよな」

「出た出た。こうなったら来年も出て三連覇するわ」


 同じく緑色のはちまきをして、かっこよく亀の絵が描かれた緑色のTシャツを着た橋詰がピースサインを出しながらにかりと笑う。奏汰は「なにが三連覇だよ。思いっきり負けただろうが、去年」と頭に軽く手刀を落とした。

 一昨日まで雨が降ったりやんだりを繰り返していたが、昨日から雲が減っていき今日は雨ばかりだったのが信じられないほどに天気がいい。照り付ける太陽に少し汗ばむが、地面はカラカラに乾いて水溜まりもなく、間違いなく体育祭日和だ。

 あまり勉強が得意ではない奏汰にとっては最高の一日ともいえる。だって見ているだけで眩暈がしそうな数字の羅列を見なくていいし、長ったらしい文章から主人公の気持ちを読み探す必要もないのだから。

 だというのに、嫌いな授業が続く日は昼までの時間が永遠にすら感じられるのに対して、こういう日はあっという間に時間が過ぎていく。

 玉入れや綱引き、部活対抗リレーなど白熱した午前競技が終わり、昼休みで教室に戻ろうとした奏汰は昇降口で水筒の中身がなくなりそうなことを思い出した。


「ちょっと飲み物買ってくる」

「おう。俺も顔洗ってから教室行こっと」


 障害物競争で粉の中から飴を探し出した橋詰の顔は、隙間なく真っ白だ。思い切り粉に顔を突っ込みまき散らして大いに笑いを煽った証拠であるが、流石に洗い落とすらしい。

 教室方面に向かう橋詰とは反対を向き、奏汰は共有ホールへと向かった。

 自動販売機があるのは誰でも自由に使える共有ホールか、体育館へ繋がる外廊下の二か所だ。共有ホールは体育館の半分ほどの広さがあり、お昼ご飯を食べたり、放課後勉強をしに集まる人もいたりする自由なスペースになっていて、昇降口からだとホールの方が近い。


「あちゃ、スポドリはやっぱ売り切れてるか」


 スポドリのボタンはすべて売切の文字が赤く光っていて、少し悩んで麦茶を押す。奏汰が押したボタンは赤で売切の文字が表示され、ガタンッとペットボトルが落ちてきた音がした。ちょうどこれが最後の一本だったらしい。

 自動販売機の脇に寄って、買ったばかりの麦茶を一口飲んだ。よく冷えた麦茶が喉を通っていく感覚が気持ちよく、一気に飲み終えになるのを堪える。

 壁から背を離すと、ドンッとなにかが体にぶつかった。弾みで持っていたペットボトルを落とす。


「ご、ごめんなさいっ!」

「俺こそごめんッ! 怪我とかない!?」


 ランチバッグを抱えた美雨が、ペットボトルを拾って差し出しながら奏汰を見上げてくる。


「ごめんなさい。友達を探してよそ見をしていたから……これ、青野君のですよね」

「拾ってくれてありがと。俺こそ見てなくて、ごめ、」


 ブーッブーッというバイブ音が奏汰の言葉を遮った。

 美雨は慌てた様子で「あ、ごめんなさい、ちょっと待ってください!」とズボンのポケットからスマホを取り出した。なにかを確認すると短く文字を打つ。たぶん、探している友達からなのだろう。


「待たせてごめんなさい。私が悪いので、青野君は謝らないでください」

「うん、じゃあお互い様ってことで! 謝るの終わり! ね?」


 奏汰が指で丸を作ると、それを見た美雨が一瞬きょとん、として、それからようやく表情を和らげた。


「今の、友達から?」

「はい。入れ違いになっちゃったみたいで、教室にいるっていうので私行きますね」

「あのッ、俺も教室戻るから、……一緒に行っていい?」


 さっと行ってしまいそうだった彼女を呼び止めて、努めて平静に訊ねたつもりだけどちゃんと平静に見えただろうか。

 心臓が激しく脈打ち出し、手汗がじわりと滲む。


「もちろんです」


 美雨がふわりと笑う。その顔に、もう一度ペットボトルを落としそうになった。


「そういえば玉入れお疲れ様」


 一層高鳴る心臓に落ち着けよ!とツッコんで、彼女の隣に並んで歩き出す。

 回転の鈍い頭でもスッと話題が出たのは、午前中にちょうど今度これで話しかけようと思ったことがあったおかげである。


「見てました!?」

「え、っと、うん、その、同じクラス、だし」


 葉山さんだから、とは言えるわけがない。


「私、運動はあまり得意じゃなくて……青野君は色別対抗リレー出るんですよね」

「うん。……応援、してくれる?」

「もちろんです! 頑張ってくださいね」


 真剣な顔をして片手でガッツポーズをする美雨に、かわいい……と思わず本音が零れた。

 しまった!と焦ったものの、彼女の首を傾げて「え? 今なにか言いました?」と訊いてくる様子に聞こえなかったらしいと安堵する。

 だけど動揺は収まらず、酔いそうなほど激しく頭を横に振って「なんでもないッ」と誤魔化すのが精いっぱいだった。





「青野、なんか機嫌いい?」

「え?」

「口がめっちゃ笑ってる」

「うそ!?」


 奏汰は勢いよく口元を片手で隠す。無意識だった。

 でもまた自然と口角が上がってくるのが、触れている手の平に伝わる動きでわかる。我ながらなんてチョロいんだろう。

 これはもう仕方ないやと手を離した。だって直接応援の言葉、もらったから。


「俺、リレー絶対勝つ」

「急にやる気出すじゃん」

「そう、急にやる気出たの」


 橋詰はますます怪訝な顔になる。奏汰はニッと笑った。


「絶対に勝つ!」

「あっ!? おい、置いてくなんて酷いぞ!」

「じゃあ早く来いよー!」


 今なら何人でも追い越せそうな気がした。


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