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赤いチューリップ、花言葉は  作者: 楠木千佳


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きみが気になった、四月


 数学の宿題ノートをうっかり家に忘れてきて、放課後に居残りでやるようにと言われた。

 進級したばかりで内容的にはまだ一年生の時の復習も兼ねられているとはいえ、そもそも勉強はあまり得意じゃない。青野奏汰(あおのかなた)は昨夜もさんざん問題集とにらめっこしつつ頭を悩まして出した答えをなんとなく思い出しながら、なんとか出題範囲の二ページを解き切った。


「よっしゃ! 先生! できた!」


 苦痛な時間から解放されることが嬉しくて、つい大きな声が出る。

 教壇を机代わりに仕事をしていた先生も手を止めた。


「はい! 俺、もう行っていいですよね!?」

「確かに受け取りました。行っていいですよ、青野くん」

「ありがとうございます!」


 押し付ける勢いでノート代わりにと渡された用紙を渡し、オッケーは教室を飛び出しながら聞いた。

 飛び出す前に確認した時間的に、奏汰が所属するテニス部はそろそろ基礎練習を終えてコートで打ち始める頃だろう。一人だけ違うことをしていると、目立つしからかわれるし、なにより早く追いつかなければと焦る。そんな必要はないとわかっていてもだ。

 校舎内を走ればもちろん怒られるので、駆け足になりそうな足を制しながらもこれは競歩と心で繰り返し唱えながら一直線に昇降口へと向かう。

 靴を履き替え、よし!と走り出そうとしたところで、ふと目が引き寄せられた。大きく踏み出そうとした足は小さく一歩前に出ただけで止まる。


「……葉山、さん?」


 昇降口から校門へと続く道の脇に作られた花壇の前に、同じクラスの葉山美雨(はやまみう)がしゃがみこんでいた。

 去年は違うクラスだったので彼女のことはまだよく知らないが、今のところ教室では一人本を読んでいることが多い気がする。休み時間のたび友達とはしゃぐ奏汰とはまったく正反対のタイプだ。まだ一度も話したことはない。

 本を読む彼女の姿が、視界の端をかすめる回数だけが増えていく。


「なにしてるんだろ……」


 地面に置かれているのはスケッチブックだろうか。

 この高校は部活動への所属が必須だ。外部でなにかやっている場合は学校に届け出をすれば例外として扱われるが、その他例外はない。また帰宅部もない。

 従って美雨もなにかしらの部活動に所属しているはずだが、話したことのない奏汰が彼女の部活を知っているはずもなかった。美術部なのかな、と勝手に予想するだけだ。

 花壇には色とりどりのチューリップが植えられていて、学校外の人の目につく所でもあるそこは用務員によりしっかりと整備されている。

 チューリップをじっと見つめる美雨の真剣な横顔の、それまで閉じられていた口元が小さく開いて動き、なにかを呟いた。そしてふわりと柔らかく、表情がほころぶ。


(ーーぅ、わ……)


 目が、離せなかった。光景が脳裏に焼き付く。まさにそんな表現が相応しい。

 うるさく響いていたどこかの部活の掛け声も、風の音も、すべてが一瞬耳から遠のき、彼女の笑顔が世界のすべてのように感じられた。


「ッ、や……ばいっ! ぶ、部活!」


 美雨の表情がもとに戻り、隣に置いていたスケッチブックに手を伸ばしたのをきっかけに奏汰はハッと我に返った。ついでに自分が急いでいたことも思い出す。

 駆け出し、熱の集まった顔に当たる風は気持ちがよかった。


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