眠れる夜
抱き締めて眠ると、悪夢を見ない。
それに気づいたのは、ずっと前だ。
神殿での一年。
眠るたびに、何度も何度も、同じ夜に引き戻された。
血の匂い。
叫び。
守れなかった感触。
でも――
腕の中にセナがいる夜だけは、違った。
まるで、危ない薬みたいだと思う。
一度効くと、身体が覚えてしまう。
禁断症状は、短くなっていく。
耐えられる時間が、どんどん縮んでいく。
神殿で一年。
学園で一ヶ月。
野外訓練で三ヶ月。
四ヶ月、耐えた。
今はもう――
週末までの、五日がきつい。
腕の中で、セナが小さく息を吐く。
変成科の話を、楽しそうにしていた声が、いつの間にか途切れていた。
「……おやすみ、セナ」
返事はない。
まつ毛が伏せられて、規則正しい呼吸。
安心したような寝顔を見ると、胸の奥が、じんわりと緩む。
額に、そっと口付ける。
次に、頬。
柔らかい感触。
唇。
触れるだけ。
首筋。
鎖骨。
一つひとつ、確かめるみたいに、印を落としていく。
強くしない。
起こさない。
ただ、ここにいることを、身体に刻む。
ぎゅっと、抱き寄せる。
胸いっぱいに、セナの香りを吸い込む。
洗ったばかりの髪。
肌の温度。
無意識に、手が動いてしまった。
胸元に、ほんの少しだけ触れる。
確かめるように。
……起きない。
柔らかい。
その事実が、静かに、深く、熱を灯す。
(……ああ)
理性が、遅れて警告する。
でも、腕を緩めることはできなかった。
もうすぐ、夏季休暇だ。
また、
ふたりだけの、日常に戻れる。
朝も、夜も、
触れられる距離にいられる。
それを思うだけで、
胸の奥が、疼く。
待ち遠しい。
腕の中で、セナが小さく身じろぎして、
無意識に、こちらへ寄ってきた。
――それだけで。
頭の中が、静かになる。
悪夢の気配が、遠ざかる。
俺は、ようやく、
眠れる夜に落ちていった。




