隣の席が当たり前
朝の教室は、まだ眠そうな空気が漂っている。
窓の外は明るいのに、頭は半分夢の中、みたいな顔が並んでいる。
――で。
ドアが、勢いよく開いた。
息を切らして、髪を跳ねさせて、
そのまま教室に飛び込んできた銀色。
「……間に合った?」
間に合ってる。
間に合ってるどころか、俺の一日のテンションが一気に跳ね上がった。
寝癖。
それも、かなり大胆なやつ。
前髪が変な方向に流れてて、後ろもふわっと浮いてて、
本人は必死な顔なのに、どう見ても可愛い。
(……反則だろ)
教官が笑って、軽く手を振る。
「はいはい、席ついて」
その瞬間、俺は反射で手を挙げていた。
「こっち」
声に気づいて、視線が合う。
少しだけ安堵した顔で、一直線にこちらへ来る。
隣の席。
――いつの間にか、そこが当たり前になっていた。
椅子を引く音。
机に荷物を置く音。
その一連の動作が、もう“いつも通り”。
「……寝癖、すごい」
指先で、ちょい、と髪を梳く。
言ってから、あ、触ってるな、って思ったけど――
「え、うそ。やば」
本人は全然気にしてない。
むしろ、照れもせずに小さく笑う。
(だめだな、これ)
胸の奥が、じわっと温かくなる。
授業が始まる。
黒板に書かれるのは、相変わらず地味な内容。
構造把握。
素材の性質。
魔力の流し方。
でも、森で三ヶ月過ごした身としては、
「はいはい、知ってる」って感覚が先に来る。
周りを見ても、同じ空気だった。
変成科の連中、全体的に余裕がある。
あちこちから、
「あ、これあの時の」
「それ森でやったな」
みたいな小さな反応。
――いい。
ちゃんと、積み上がってる。
ふと、視線を感じて横を見る。
目が合った。
一瞬、間があって、
どちらからともなく、笑った。
言葉はいらない。
「やれてるな」って、それだけで伝わる。
(……相棒、ってやつか)
そう思ってから、
胸の奥が、少しだけきゅっとした。
シアンとファルケが並んで座っている。
一見、普通。
でも、机の下。
絡まったままの手。
(授業中だぞ)
そう思いつつ、
なんだか、羨ましくもあって。
視線を戻す。
隣では、ノートを取りながら、
真剣な顔をしている。
寝癖は、まだ直ってない。
でも、そのままがいい、と思ってしまう。
(……俺、完全にやられてるな)
“彼女”って言葉が、
頭の中で、自然に浮かぶ。
まだ、言葉にはしてない。
でも、感覚はもう、そっち側だ。
授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
立ち上がる時、
肩が、軽く触れた。
それだけで、
今日一日、うまくいきそうな気がした。
隣の席が、当たり前。
それが、
少しずつ、
“特別”になっていく音がした。
レック・レス視点




